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Thut-The thing which unifies time and wisdom-
第十五話「始祖と才能」
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借りてきたCDをデッキに放り込み、アンプを温めて再生ボタンを押す。
数秒の静寂の後、攻撃的なバイオリンの旋律がスピーカーを振るわせた。
(悪くはないな)
帰りがけに、寄ったレンタルショップで借りた、件のCDだ。
何枚かあったCDの中から、借りてきたのはベスト盤と、オリコンのウィークリーアルバムチャートで三位に入ったという新アルバム。
今聴いているのはベスト盤の方だが、イントロでこれだけの好印象を与えられるというのはなかなかのものだ。
一旦寝室に引っ込み、制服から部屋着に着替えて、リビングに戻ると、冬馬が流れている曲の旋律を鼻歌で歌いながら、文庫本を開いていた。
「いいメロディだな」
「だろ?まぁ、昔に比べるとアクは薄くなったが、洗練されてるな」
「昔って、前から知ってたのか?」
「あたぼーよ、情報屋ってのは常に時代を先取りしていかなきゃやっていけないからな」
日本の音楽界事情に精通していることが、情報屋としてどう役に立つのかは不明だが、あえて突っ込まないことにした。
冬馬のサブカルチャー知識は無駄に広くて深いのだ。
トラックが変わり、一転してへヴィメタル調になった曲をBGMにしながら、エプロンをして台所に立つ。
「今日の晩飯はなんなんだ?」
調理開始の音を聴き付けた冬馬が、興味津々といった様子でたずねてきた。
そちらには目をくれず、肉屋で詩織に色目を使わせて値引きした牛の第二胃袋、即ちハチノスの下処理をしながら答える。
「エビピラフとトリッパ」
「トリッパ?」
「ハチノスのトマト煮だ、スペイン料理だな」
「へぇ、それも親父から教わったのか?」
「いや、こいつは独学だな」
というか、料理は基礎を叩き込めば、レシピを見れば作れるし、トリッパのような煮込み料理は感覚でなんとかなるものだ。
……至極まれに、そこで池波正太郎を読んでいる奴のように、絶望的なセンスを持ち合わせた人間もいるが。
「お前は、エプロンの似合ういい嫁さんになるよ」
「……褒めているんだと受けとって置く」
そこで会話は途切れ、一時、部屋はスピーカーからばら撒かれる、色とりどりのスケッチのような音楽と、
大小さまざまな、調理に伴う音、そして、時折冬馬がページをめくる乾いた音で満たされた。
とても心地よい一瞬。
内容が乏しく、ボキャブラリーの少ない会話をすることもなく、かといってそれが相手をないがしろにしているわけではない、という関係。
相手を信頼しているからこそ成り立つこのシチュエーションは、朔夜にとって非常に心が休まるひと時であった。
朔夜は、同年代の人間がいう、「友達」や「恋人」という関係が嫌いだ。
大した用もないのに、まるでそうしていないと不安で死んでしまうかのように延々としゃべり続け、
意味も無く時間を浪費し、誰彼が付き合った分かれたと、いちいち嬌声を上げる。
大多数の人間が、それを青春と呼ぶのだろうが、それが朔夜にはどうにも理解しがたいことだった。
中学生の時から、魔導士として現場で戦い、生きるか死ぬか、殺るか殺られるか、という命のやり取りをしてきた朔夜にとっては、それは無理のないことかもしれない。
同年代の人間の中で、どれほどの人が比喩ではなく死にかけ、人が殺される瞬間を目の当たりにし、また、その手で人を殺めたことがあるだろうか?
あまりにも人の死に様に触れすぎた朔夜は、それゆえにどこか達観したところがある。
表面的に朔夜との付き合いがある人間が、一様に朔夜を「大人びている」「どこか褪せている(摩れている)」と評価するのは、そのあたりが起因しているようだ。
そんなわけで朔夜には友達が少なく、また当然のことながら彼女などできた試しがない。
ルックスは、適度な身長に体型、整った目鼻立ちと少々オーバースペック気味なので結構な人数の女子が好意を持っている、というのは、
生まれてからこのかた十六年間の付き合いである冬馬の知り及ぶところであるが、その持ち前の朴念仁さの前に倒れたのが七割、
そしていつも隣で目を光らせている詩織の前に倒れたのが、二割五分らしい。残りの五分は、秋葉を含めたあきらめの悪い人間のようだ。
ちなみに詩織と朔夜の関係は、朔夜自身が言うには、「師匠と弟子」というなんとも味気のない関係らしい。
それにしては、詩織のアプローチは過剰だと思うのだが、それを軽くスルーしているのは、中学時代、無自覚で十本ほどのフラグを折るという偉業を成し遂げた男たるゆえんだろうか。
いずれにしても、朔夜に好意を持ってしまった女は不憫なものである。
(まぁ、あいつは一人っ子だから結婚は一応考えてるんだろうな)
と、本を読みながら、マルチタスクで思考していたのを単一化して、冬馬はしょうもない独白をする。
一条家三十三代目当主(予定!)としては、血の継承は将来的に回避できない懸案事項であろう。
……生涯独身貴族で通すつもりの冬馬にはあまり縁の無い話なので、どうでもいいといえばどうでもいいのだが、
幼馴染というには少々強すぎる縁と、親愛の情を持っている身としては、他人事とわりきるのも難しい。
(女衆はまだ来ないか、丁度いい、ちょっと聞いてみよう)
「なあ、朔夜―――」
お前いい加減彼女でも作れよ、と、かなり突っ込んだ発言は、
「突撃!朔夜の晩御飯!」
という、音だけじゃ昨日の晩飯みたいな掛け声とともにベランダから入ってきた詩織にかき消された。
噂をすればなんとやらと言うが、某双子みたいなタイミングで出てこられると文句もいえない。「ほほぅ、捕らえろぉぅ!」とでもいえばいいのだろうか。
行き場を失った言葉を飲み込んで、台所のほうに目を向けると、丁度朔夜は炊飯器の炊飯ボタンを押したところだった。
「はいはい、今ピラフ炊き始めたところだから」
飛びかかり、いやあれは抱きつこうとしているのか、とにかくそんな体勢の詩織を片手で押さえながら、嘆息気味に朔夜が答える。
そしてそのままグシャグシャと頭をなでると、腰を落ち着けるように促し、今度は煮物に取り掛かった。
軽くあしらわれた当の詩織は、ご飯をくれる飼い主に従順なペットのように、いそいそと食卓の椅子に腰をかけている。
(ほんとに師弟関係か……?)
今のやりとりは、どうみても付き合いの長い恋人同士にしか見えない、役柄が男女逆転しているのは別として。
首をかしげながら、ふと気配を感じ、詩織が開けっ払ったベランダの窓に目を向けると、当惑した表情の四姫が棒立ちしていた。
どうやら、詩織に置いていかれて、入るタイミングを失ってしまったらしい。
「……失礼します」
お、入ってきた。
「あぁ、四姫か。勝手に入ってきていいって言っただろ?遠慮するな」
おたま片手に、手招きする朔夜。
うん、いい画だ。やはりこいつはいい嫁になる。
「そういやなんで冬馬がいんの?」
食卓を囲む椅子の一角をぽすぽすと叩いて、四姫を呼びつつ、思い出したように詩織が尋ねる。
と、同時に朔夜がキッチンから、四つのティーカップを持って出てきた。
無言で差し出されたそれを受け取りながら、端的に理由を答える。
「俺の部屋のブラウン管がついにお亡くなりになってな、どうしても見たいDVDがあったから朔夜のテレビで見ることにしたんだ」
もはや今の時代においてはアンティークともいえようブラウン管。
しかしその画質を主としたパフォーマンスは、薄型TVの時代に移行してから数十年たった現在の製品に比べても遜色のないものだった。
むしろ安価な液晶はおろか、下手なプラズマテレビは未だにブラウン管のパフォーマンスを超える域を出ていない。
が、長年の酷使に、つい先日お亡くなりになってしまわれたのだ。
基盤の故障のようだが、メーカーのサポートセンターに電話しても部品などあるはずもなく、
しょうがないので同じモデルを、コネを駆使して手に入れるか、買い替えをするか検討していたところに、件のDVDが舞い込んできたのだ。
「あれ?でも、冬馬んちの居間にこれと同じのあったじゃん」
瀟洒なメイド、じゃなくて弟子から差し出された紅茶を美味しそうに飲みながら、詩織が指をさし、さらに尋ねる。
その先には、薄型の有機EL50インチディスプレイ、先月発売されたばかりの新製品だ。引越しの時に、テレビの相談をされたので買わせた。
確かにこれと同じものが、自宅の居間にあることにはある。
あるのだが……
「家族の前で見るには少々アレなものらしい」
返答に窮していたところに、朔夜が助け舟を出してくれる。
そうそう、家族の眼があるところで見るには刺激が……って、
「そういう誤解を招くような言い方はやめれ!」
突っ込み担当は朔夜のはずだが、思わずノリ突っ込みで反応してしまう。
ジト目でこちらを見てくる女性二名に対して、慌てて、
「別にいかがわしいものでもR指定がかかるようなものでもないって!ただの古い特撮だよ」
カバンから、現物を取り出して釈明する。
現在は放送コードが非常に厳しく規制されており、子供向けの特撮ヒーローものなんかは、出血等のグロ表現がNGなのだ。
現に、子供のころから日曜の朝に見てきた戦隊モノとかライダーは、斬撃を喰らっても火花しか散らない。
そして、手元にあるこのディスクには、丁度自分たちの親が生まれたころに放送された、規制が緩い時代の作品だ。
新世代特撮ヒーローの第一作目で、教育委員会に訴えられるなどの物議をかもし出した傑作らしい。
「俺も見たかった作品だし、せっかくだから飯も食っていけということでつれてきたんだ」
紅茶にラズベリージャムを落としながら、朔夜が補足をしてくれる。
詩織はふーんといいながら、しばらく怪訝な表情をしていたが、やがて興味を失ったのか、今度はヴォサノバ調になったBGMに話題をきりかえた。
――――――
「なぁ朔夜」
「うん?」
暗い部屋に、ディスプレイから放たれる千変万化の光が踊り狂う中、冬馬は画面から目を放さずに声を発した。
「気付いたか?」
ちらりとこちらに視線をくれ、日本酒の入った猪口を仰いで、主語を省いた質問をつぶやく。
何の話だ、と聞き返す手もあったが、冬馬が意としているところは十分理解できたので、短く、
「あぁ」
と答えた。
「俺は魔法のことは、知識でしかわからんが……どうなんだ?」
「……普通じゃない、例外中の例外、いや、異例中の異例といったほうがいいか」
夕食後に、いつものように鍛錬をしていた俺と詩織は、驚くべき事態を目の当たりにした。
四姫が、俺と詩織の組み手を見ながら、魔法らしきものを無意識に構築していたのだ。
気付いたのは二人ともほぼ同時、若干俺が早かったせいで、ガードが緩みクリーンヒットをもらってしまったが。
そのことに驚いたのか、四姫が構築していた魔法は発動することなく霧散したが、途中式から推測するに、完成していれば相当なものになっていた。
俺たちの使っている「魔法」というのは、文系術式、理系術式、基本術式のどれをとっても、ある程度の知識がなければ、指先に火を点すことすらできない。
だが、先ほどの四姫の構築しかけた魔法は、まぎれもなく、俺たちが使っているものと同様の代物だった。
「お前は何も教えてないのか?ほら、昼間に言ってただろ、なんか教えてるって」
確かに、ここ数日、俺は四姫に魔法史を教えてきた。
しかし魔法史には、ほとんどと言って良いほど、術式に触れる項目は存在しない。
世界史でアインシュタインについて習っても、相対性理論の中身には触れないのと同様だ。
なのに、四姫は魔法を構築した、しかも無意識で。
先ほどの例えでいうならばそれは、「相対性理論」という理論が存在する、という知識のみで、物理学の知識を一切意識せずに、
「相対性理論」を「証明」するという、馬鹿げた所業に匹敵する。
「その言い方だと前例は無さそうだが、どう対応すべきなんだ?」
「前例がないかは、局の記録を片っ端から漁ってみないことには断言できないが、俺も詩織もそんな話は聴いたことが無い。
今詩織が、上で魔力残滓の解析をしてるから、それが終わってから、どう動くかは決める」
「解析?」
「あぁ、四姫が構築しかけて霧散した魔法が、なんだったかを調べてもらってる。
理系だったのか、文系だったのか、攻撃魔法だったのか、防御魔法だったのか、補助魔法だったのか」
いづれにせよ、この分では、一旦四姫に局に赴いて検査を受けてもらう必要がある。
そのために、あらかじめある程度の適正は調べて置こうという魂胆だ。
「……覚悟云々の話では無くなって来たかもしれないな」
知識なしで無意識に魔法を構築した、これはもはや素質がある等という世界ではない。
ただでさえ人手不足な局としては、そんな人材をいつでも、喉から手が出るほど欲している。
とりわけ俺たちのような危険職、即ち戦闘員は欠員が激しい。(それに見合った報酬は出るのだが)
流石に、本人の同意なしで無理矢理、局員登録をさせるほど外道な組織ではないが、才覚のある人間には必ず覚醒者登録の際に、勧誘をする。
「四姫には話したのか?勝手に魔法作ってたって」
「いや、俺からはなにも。その辺は詩織に任せるさ」
「ふぅん」
「なんだその返事は」
「お前にしては珍しく、人に判断を押し付けるんだな、と」
「あぁ、魔法に関してだけは、最終的な判断は師匠に仰ぐことにしてるんだ」
「律儀だな」
「単に、あいつの方が俺より地獄見てるからな、経験則が違うんだよ」
少なくとも俺は、肉親が目の前で惨殺されるような体験はしていない。
だから、異能の力を持つことのおぞましさというのを、恐らく本当の意味で理解はまだできていない。
「そうか、ま、俺としては依頼した仕事さえこなしてくれれば文句はありません」
「そこは任せておけ」
――――――
昼間の暑気が嘘のような、少し肌寒い夜風が、長い髪をなびかせる。
詩織は一人屋上に残って結界を張り、四姫が見学をしていたあたりで解析魔法を展開していた。
複雑な幾何学模様と、無数の数式がちりばめられた陣の紅い光が、端正なその顔を、闇の中照らしあげる。
「―――魔力断片の集積完了――――第一から第七までの解析シークエンスに移行開始」
目を閉じ、コンセントレーションを極限まで集中させる。
魔力痕などを解析するために構築されたこの術式は、知識はもちろんのこと、非常に高度な演算能力と、集中力を必要とする。
例えるならば、数学の証明問題において、“解”から、“命題”を導き出す作業に似ている。
ただしその“解”は時間経過に比例して加速度的に虫食い状態になっていくので、まずその解が「何であった」かの推測から始めなければならなく、またとてつもない量の計算を必要としている上、
「解析対象の術式を使用した術者の計算のクセ」まで忠実に再現しないと、正解にたどり着けないのだ。
「――――解析シークエンスオールクリア、照合作業に移行」
本来この術式は、魔法によって発生した疑いのある事件や事故の現場に残された証拠を集めるために、鑑識に似た役割を持つ局員が使用する、
いわば技術職的な魔法であり、戦闘職である詩織が体得するような代物ではない。
「――――基本術式に該当なし、理系術式の照合を開始」
しかし、煉瀬の家に生まれた詩織にとっては、非常にポピュラーな術式だった。
そう、この術式を開発し、構築して証明し、汎用性を持たせたのは煉瀬の人間なのだ。
「――――理系術式に該当なし……あれ?」
解析魔法の全工程を終えた詩織は、首を傾げつつ、一度展開した陣を解除する。
かなりの光度を放っていた光源が消滅したことで、瞳孔の拡大が追いつかず、詩織の視界は一旦とても深い暗闇に支配されることとなった。
「……あれ?」
もう一度、疑問符つきの独り言とともに首をかしげ、詩織はその場に立ち尽くした。
前述のとおり、解析魔法は、逆証明とよく似たことを行う。
故に、解析できる魔法は、幾何学を利用している基本術式か、幾何学に加えてスカラーとベクトルを多様に織り交ぜた理系に限定される。
解析対象にできない、文系魔法を使用している魔導師は極々少数であるため、汎用性という点ではまったく問題は無いのだが……
(基本にも理系にも該当なし、でも文系魔法を構築してたなら朔夜が気付くはずだし……)
四姫の残した魔力痕の解析作業は、時間があまり経過していないため、比較的容易に行うことが出来た。
加えて、完成しなかった術式とはいえ、残された途中式は非常に単純なもので、解析途中の感触では、基本魔法だろうとあたりをつけていた。
が、出てきた結果は、古今東西の基本及び理系術式を、ほぼ把握している詩織の脳内データベースに一切引っかからなかった。
(でもなんだろう、この違和感……?)
まさか該当する術式が無いとは思わなかったという驚きとともに、湧き出てきた得体のしれない違和感が、詩織の胸に仄かな苛立ちを産む。
その苛立ちの原因を探るべく、解析のログを必死に頭の中から引きずりだし、意識を深い深い思考の淵へと沈めていく。
「っ、と。いけないいけない」
考えはじめてから何分立っただろうか、薄い長袖のシャツ越しに、冷たい夜風に当たりすぎたせいで、すっかり体が冷えこんでしまっていた。
このまま風邪でも引いたら、朔夜にまた、延々と小言を聞かされる羽目になってしまう。それはできれば勘弁願いたい
それでも、小言をぶちぶちと言った後はなんだかんだ言って、甲斐甲斐しく看病をしてくれるのだから、可愛いことこの上ないのだが。
魔導師やってなかったら、あいつは絶対看護士向きだろう、病院食もきっと美味しく作ってくれるにちがいない。
「とりあえず切り上げて相談してみますか………ぷしっ!」
ついにくしゃみまで出てしまった。
そして、
「………うそ、まさかそんな、でも……?」
天啓のように、くしゃみによって突如思い浮かんだ可能性に、再び詩織は立ち尽くした。
(理系魔法でも基本魔法でもない、文系魔法でもない。でも構造式は至極単純だった、もし四姫が構築したのが未知の魔法でないとしたら……!)
思いあたる解は、唯一つ。
「…始祖術式…………」
現在の魔法使いが使用している術式とは、戦後に世界中の大魔導師クラスの人間が集まって創り出した、いわゆる「統合規格」のことである。
その「統合規格」の、根幹の根幹に位置する魔法、それが始祖術式だ。
円と、ごく少数の線で記される始祖術式は、その名の通り、魔法の誕生とともに生まれた、世界最古の術式となる。
確かに、これならば知識無しで構築できてもなんら不思議はない。
もう一度四姫が座っていた位置に立ち、対象を始祖術式にスイッチした、解析魔法を展開する。
解析魔法は高い集中力を要するため、短時間でそう何度も使える術ではないのだが、そこは気合でなんとかすることにした。
先ほどの解析に比べはるかに短い時間で、詩織は展開した陣を閉じた。
始祖術式は構造が単純なだけに、バリエーションも少ないので、照合にもさほど時間がかからないようだ。
「始祖術式なのはほぼ確定したけど……なにこの魔力数値……」
しかし、その労力の少なさに比べ、もう一度さらい直して出てきた答えはトンでもないものだった。
術式にこめられていた、魔力の量が、始祖術式はおろかその上位の基本術式ですら制御しきれないほどの量だったのだ。
だが、先ほどこの目で見た、作りかけの魔法は、とても安定していた。
情報量の少なさ故に、扱いは非常に容易だが、その分非常に不安定な始祖術式。
それをカバーするために、ユークリッド幾何学を加えて確立させたのが、基本術式。
さらに安定性と拡張性を持たせるために多用な数学を用いたのが、理系術式。(文系術式はこの例に入らない完全なイレギュラーである)
この法則性をひっくり返しかねないほど、四姫には才能はあるとでもいうのだろうか?
だとしたら、その才能は煉瀬の血縁者のそれに十分匹敵しうる。
「もしかして、とんでもない娘を弟子にしちゃった?」
不意打ちどころではない、驚愕の事実に、詩織は体が冷えているのも忘れて、その場にへたり込んだ。
to be continued.....
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第十四話「親と子」
「………これは?」
画面に表示されていたのは、とあるアーティストのライブイベントの情報だった。
独特な表現手法や、レコーディングに多彩な楽器やSEを使うことで最近有名になってきたアーティストだ。
「昨日ここの代表に一通のメールが届いた」
パチンとエンターキーを押すと、ライブ情報が表示されたブラウザから、メーラへと切り替わる。
そこにはひどく短い文面のメールが、転送扱いで表示されていた。
「……またありきたりな脅迫状だな」
内容はいたって単純かつ直接的。
このライブを中止しなければ、武力行使によってライブをつぶさせてもらう、というものだ。
「まぁ、おおかたわかってるとは思うけど、この脅迫の内容を阻止して、犯人を確保してほしいってのが今回の依頼」
「ここ最近の躍進を妬んだ他のアーティストかアンチの仕業じゃないのか?この程度だったら俺たちが出張るまでもないだろ」
この程度の依頼なら、民間の警備会社やフリーの護衛部隊を雇えば問題なく片付くだろう。
過去十数年間で、飛躍的に凶悪犯罪が増加している日本では、それに対抗する手段としてのビジネスが発達している。
ガードマンやボディーガード程度なら、普通の家庭でも雇えるくらいの市場価格で取引されているし、大きな企業のトップともなれば私設部隊を所有している人間も珍しくはない。
また、腕のいいガードマンは、一定の企業や団体に縛られることなくフリー、つまり傭兵として働いているなどと、今では完全に日本経済の一角を担う産業へと昇華されているのだ。
この背景には、警察では増加する犯罪に対処しきれなくなったというものと、事後にならないと動けない警察では安心できないといった世間の風潮があったりする。
そして、政財界及び裏社会諸々色んなコネクションのある冬馬のところには、ときたまこのような傭兵派遣の依頼も来るのだ。
「それがな、会場にはあまりその手の人間をいれたくないらしい」
「ライブの雰囲気をぶち壊すから?理解できなくはないけど……」
その手の人間、つまり傭兵や警備会社の社員は、言ってしまえば目つきが悪い。
普通にしているだけで「自分はその道の人間です」とアピールしてしまうのだ。
感覚としては、刑事やヤクザの方が放つオーラに近いものだと思ってもらえばいい。
そんな人間が警備目的とは大量にライブ会場にいれば確実に浮いてしまい、最悪しらけてしまう。
ライブというのは雰囲気が一番重要であるといっても過言ではない、客のテンションが低ければ演奏する側もやりにくくてしょうがない。
その点においては詩織の言うように理解できないわけではないが……
「かといってなぁ……脅迫内容は“ライブを潰す”、だろ?会場の外側に配置しただけじゃまったく警備にならないな」
「そこでお前さんたちに頼みたいのさ、二人なら客の年齢層的にも問題はないし、何より人数が少なくてすむ、そしてなんだが……」
冬馬は躊躇いがちに口を開こうとして、一旦閉じる。
それからトントンと、モバイルのディスプレイを叩くと、メモ帳を開いて文字を打ち込み始めた。
学食という喧騒の中で、誰も話を聞いていないとしても、万一を考えて筆談(?)にするようだ。
二人でモバイルのディスプレイを覗き込む。
『この楽団の代表なんだが……お前らと同じなんだよ』
『同じって?』
パチパチと詩織が返事を打ち込む。
『要するに魔法使いってことさ』
「……はぁ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ちょ、朔夜、大声上げないの!!」
「……あ、あぁすまん」
『なにかあったのか?』
冬馬は動ずることなく話を進める。
『ちょっとまて、おかしいぞ』
『あぁ、局の名簿に載ってないってことか?』
『知ってるのか?』
『すこし前に、四姫の件で局のデータベースを漁ったときには、こんな名前は名簿になかったぞ』
覚醒者を保護した時の対応に関するマニュアルを探し、また過去の事例からヒントを得ようとしていた時に局員として登録されていない、
守秘契約を交わして普通の世界に戻っていった覚醒者のリストをたまたま見つけたのだ。
その中にはいくつか、テレビなどのマスメディアによく名前が載る人間もいたし、政界、財界、学会、それぞれの分野の重鎮の名前もあった。
だが、そのときに見た限りでは今話題にあがっている名前は見当たらなかったはずである。
確かに自分は、最近の流行などには疎いが、流石にこの楽団の代表の名前ぐらいは頭の片隅に記憶していたので間違いない。
『そりゃそうだ、この名前は代表としての名前、つまり芸名だからな』
『だとしても、ここまで有名なら資料に補足で載っていてもおかしくはないだろう』
『あの資料は名前や住所、生年月日に血液型、魔力値や場合によっては魔法適正くらいしか必須記入項目じゃないから、
本人の意思で職業とかその他諸々の個人情報は掲載の可否を決められるんだよ、朔夜が知らないとは思わなかったけど』
キーボードによる筆談に詩織が参加し、少々窮屈になってきた。
『そーだったのかー』
『そーダッタン人の踊り。つーわけで、この依頼、受けてくれるか?』
『脅迫状の差出人がどの程度本気なのかはわからんが、いいだろう、お前のいうとおり、俺たちにピッタリの任務みたいだからな』
『私も了承、ちょっとこのバンドには興味あったしね』
『ありがとう、助かるぜ』
メモ帳を閉じ、今までの記録を破棄して、専用ツールでハードディスク上からも完全に消去すると、冬馬はパタンとモバイルを閉じた。
「詳細はまただな、当日まで時間はまだあるし、先方との調整もあるから」
「その調整に俺たちは参加したほうが?」
「うんにゃ、必要なし。連絡するまで四姫と戯れていてくんろ」
冬馬はひらひらと手をふり、冷めてしまったカレー汁に取り掛かった。
―――――
「そういえば朔夜、帰りにレンタルショップに寄らなきゃね」
「へ?」
昼飯直後の体育の授業で、詩織が唐突にそんなことを切り出してきた。
空腹を満たすと人間は眠くなる。
だったらそこに運動をぶち込めば寝ないだろう、みたいな思惑があるのかどうかはわからないが、
週に一回、二クラスで組んで体育の合同授業がある日が、この学校には存在する。
そして、現在、俺のクラスは詩織の四組と合同、しかも男女混合というカオスなソフトボールに興じていた。
「だってほら、今度の仕事は流行のアーティストのライブの警備でしょ?だったら多少は予習しておかなきゃ」
「あー、なるほど」
ただいま四回の裏、俺と詩織の割り振られたチームは攻撃に回っている。
先程の攻撃回で、俺はラストバッター一つ前だった、故にしばらく打順は回ってこない。
ならば炎天下の中待っていることもなかろうということで、詩織と一緒に木陰へ避難してきたのだ。
「夕飯の買い物のついでに寄っていくか」
「今日のメニューは?」
「未定」
「あっ、じゃあじゃあ、エビピラフ食べたい!」
エビピラフ、ふむ。
学校指定のジャージから携帯を取り出して、テキストエディタを起動する。
「ん?何それ?」
「この辺のスーパーの広告データ。エビが広告の品になってる店を探してるんだよ」
「へぇ~、それって配信とかされてるの?」
「いや、俺が新聞に挟まってた奴を毎朝打ち込んでる」
「げ、マジで。なんかすごく所帯じみてるよ朔夜……」
「誰のせいだ誰の」
こつんと、詩織の頭を小突く。
詩織は決して料理ができない女ではない。
が、なぜか作らないのだ。
理由を聞いても毎回煙に巻かれてしまうため、本当のところを聞いたことが無い。
……まぁ、作るのも食べてもらうのも好きだからいいのだが。
「おい、さぁくや」
パコン、と頭に軽い衝撃を受けて、顔を上げる。
すると先ほどまでファーストについていた冬馬が、汗を滴らせて立っていた。
「仲睦まじいのはいいんですがね、そういうのは家に帰ってからにしれ!」
言い放って、もう一度グローブでバコンと俺の頭を強打すると、そこかしこから拍手が起こった。
―――――
「………ふぅ」
試験終了のチャイムとともに、見直しをしていた解答用紙から手を放す。
一日をかけて行った、英数国社理五教科の試験。
難易度としては、さほど難しくはなかったが、それでも少し疲れた。
解答用紙を回収した監督官が、特に不備がないことを確認し、退出を許可する。
それに従い、部屋を出てから、コンセントレーションを解くために軽く伸びをすると、窓のむこうの高等部校舎が目に入った。
時刻は既に四時を回っており、殺人的な暑さを誇っていた可視光線も穏やかになり、空を黄昏の色に染め始めている。
(さすがに高等部も授業は終わってるよね、朔夜さんは確か部活に入ってないっていってたし)
カバンから財布を取り出し、一枚の紙片――――即ち、朔夜から渡された式神――――を抜き取る。
自分で書き込むリングタイプのメモ帳のような大きさと質感をもつそれには、朱墨と普通の墨で書かれた文字で彩られている。
が、あまりにも達筆すぎるため、なんと書いてあるかはまったく読めない。
今までに、朔夜や詩織から借りて読んだ本や、二人の話から考えるに、ここに書かれているのはこの紙片を式神にするための呪文、
正確を記すならば、文系魔法なのだろうが……
(何度見ても不思議なんだよなー)
あの二人が、日常の鍛錬としてぶっ放した極彩色の光。
あまりにも鮮やか過ぎるその魔法は、体を揺らし、耳朶を打つ衝撃と爆音がなければ、CGかVFXのようだ。
見ているだけではそれがまさか、人を傷つけ、あまつさえ殺めてしまうような業だとは思えない。
しかし自分が、それを為しうるだけの力を持っている、ということは、制御術を体得した今では、はっきりと自覚していた。
「えっと、確か命令するだけでいいんだっけ?」
もう一度まじまじと、紙片を見つめて、今朝、校門のところで朔夜に言われた、式神の召喚方法を思い起こし、
「行けっ」と小声で呟いてみた。
……………………………
…………………………
……………………
…………………
………………
………ぶわさっ
数瞬の沈黙の後、紙片は、質量を無視して、白い鳩に変化した。
「ひゃっ!」
その変化があまりに突然で、しかも結構大きな羽音を立てて現れたため、思わず声を上げてしまう。
(びっくりした……)
しばし呆然としたあと、まだここは校舎内であることを思い出す。
慌てて、誰かに見られていないかあたりを見渡すが、幸いなことに誰も近くにいないようだった。
(うー、せめて外に出てからにすべきだったなぁ)
軽い後悔と同時に、安堵して、胸をなでおろすと、手近な窓を開く。
「それじゃ、式神さん、お願いします」
言葉が通じるかどうかは定かではないが、一応お願いの言葉をかけて、高等部へと放った。
その影が視認できなくなるまで見送り、しっかり窓を施錠して、広い校舎を今朝歩いたルートとは逆にたどって昇降口へと歩みを進める。
昇降口の、来客用下駄箱で靴を履き替えて外に出ると、空は完全に黄昏色に染まっていた。
気温はだいぶ下がったようだが、まとわりつくような湿気はいまだにその勢力の余波を残しており、不快指数は少々高めである。
校門まで歩いて、近くにあったベンチへと腰を落ち着ける。
中等部から高等部までは徒歩でおよそ30分、朔夜が向かえにくるにはまだだいぶ時間がありそうだった。
古宮の屋敷から、着たきり雀で救出されたため、あいにくと暇をつぶせるような代物は持ち合わせていない。
こんな時間でこんなシチュエーションならば、ステッキにシルクハットの胡散臭い紳士が現れ、頼んでもいないのに話相手になってくれそうなものだが、
帰宅部の生徒はとっくに下校し、部活に所属している生徒はその活動の真っ最中、校門とはいえまだ学園の敷地内であるこの場所は、自分以外の人間は一人も居なかった。
そうなれば、ただ無為無策に時が過ぎるのを待つしかないのだが、30分、下手すればそれ以上の時間をぼうっと過ごすのは、どうにも耐えがたい。
(―――――そういえば、お父さんとお母さんはどうしてるのかな?)
わが娘が、覚醒したことを知るや、有無を言わせず、暗く狭い部屋へと押し込めた父。
日本はおろか、世界を牛耳る企業グループの総帥である父とは、物心ついたときから、あまり親子らしい交流はなかったように思える。
もし自分が男であったのなら、まだ状況は違っていたのであろう。
ジェンダーフリーや、男女共同参画社会云々が叫ばれたのは産まれてくる数十年前のことで、今では女性の企業主、国家元首などは珍しいわけではない。
しかし今もなお、貴族、華族の流れを連綿と紡いできた古宮家では、いまだに男尊女卑の風習が、血縁者限定で適用される。
そんな状況にあれば、得体の知れない力を持った娘に、あのような対応をとることも、理解できなくはない。
無論、冷静に考えれば異常とも言える行動だろう。古宮の力があれば、しかるべき機関―――魔法統制管理局―――にコネクションが無いわけではあるまいし、
そうでなくとも、血を分けた娘の大事であれば、あの手この手を尽くすのが、親というものだろう。
(そう考えると、お父さんは、私を子供と捉えていないんだろうな)
初めて認識する事実、しかし、そこに悲壮感や怒りという感情は存在しない。
思い返して、数えるほどしか口を利いたことのない人間に対し愛情など、血がつながっていたとしても、湧きようがないのかもしれない。
親子ならば、口に出さなくとも云々、という話は世の中に掃いて捨てるほど存在するが、現実はそれほど甘くはないのだ。
魔法、とりわけ文系の立場で考えるならば、言葉にしなければ、つまり言霊を生まなければ、人の心は動かない。
実際、改めて考えてみれば、自分も父親に対しては扶養に対する感謝こそあれ、愛情は無いことに気がつく。
(でも、お母さんは……)
父の秘書をしている母は、女同士ということで、忙しい身ではあるが、都合がつけば我が子のことを気にかけ、ちょくちょく顔を合わせていた。
最後に会ったのは丁度覚醒する三日前で、一緒に外食をし、買い物なども楽しんだ。
それ以来会っておらず、娘が覚醒したことに関して父がどのような説明を母にしたかはわからないが、いずれにせよ隠しとおせることでは無い。
だとしたら、母は心配しているかもしれない。この一週間近く、色々なことがありすぎてゆっくり考える時間が無かったが、今にしてみれば、それはとても重要なことに思えた。
(ダメ元で朔夜さんに聞いてみるか……)
暗く、湿っぽく、狭い部屋で、徐々に近づいてくる惨劇の足音を、消し飛ばし、光とともに現れた漆黒の魔法使い。
そしてそのまま自分を救い出し、フィジカル面もメンタル面もケアを施し、力の制御を教授し、あまつさえ、今日のように、普通の世界に戻れるように手を尽くしてくれた大恩人。
ただでさえ迷惑をかけているのに、母と連絡を取りたいなどというわがままが許されるとは思えない。しかしこれ以上母に心配をさせるのは忍びない。
(しっかり恩返しはしなきゃだめだよね)
何の力も持たない自分が返せる恩といえば、しっかりと、教わった魔法制御を忘れないようにして、落ち着くまでこの学校で元気に暮らしていくことくらいだろうか。
もしくは、制御にとどまらずに、自分を救ってくれた術である魔法を身につけ、彼らと同じように働いて、今度は自分自身が誰かを救う立場になる、というのも悪くはない。
朔夜から、魔法の歴史について学び、あの綺麗な魔法を目にした後では、それを自分が身に着けるという考えは、ひどく魅力的に思えた。
「待たせたな!」
それについても、帰ったら朔夜に相談しよう、と思ったところで、聞き覚えのないバリトンが思考をさえぎった。
思いがけず深い思考の淵に沈みこんでいたことに驚きつつ、顔を上げるとそこには細身の体躯に銀縁メガネをかけた、確か秋葉の兄だという男子生徒と、
たった一週間強の付き合いであるのに、兄や姉のような存在になりつつある、朔夜と詩織が苦笑しながらこちらに向かっていた。
「げほっ、流石にあの声はつらいな」
「馬ァ鹿、無理してそんな声を出すからだって、そもそも四姫に元ネタがわかるわけないだろ」
「お疲れ、じゃ、帰ろっか?」
詩織が差し出した手を握って立ち上がり、笑顔で頷いた。
to be continued.....
Thut-The thing which unifies time and wisdom-
第十三話「能力と覚悟」
「ふわぁ………」
登校中の往来で、他人の目を気にすることなく大きな欠伸をする詩織。
こいつはもうちょっと年頃の女としての自覚をもったほうがいいと思う。
「うにょー、眠いよう」
今日は月曜日、普通ならば学校に行くのはだるくても、寝不足ということにはならない日だ。
その上詩織は、多少の疲れや寝不足は物ともしない、いわゆる「快活な美少女高校生(自称)」で通っている。
だが、今現在詩織はそんな通り名とはほど遠い、まるで「フルマラソンを走りきったけどタイム計ってなかったからもっかい走って来い」
と宣告されたアスリートのような表情をしていて、足取りもおぼつかない。
「いったい何時に帰ってきたんだ昨日は……?」
昨日、つまり日曜日だが、詩織は帰ってこなかった。
あのあと、結局昼飯は俺がつくったものを食べることになり、そのまま家に居座った秋葉の相手をしたり、
どうやら魔法に興味をもったらしい四姫に魔法史を教えたりしていたら夕食の時間になり、
夕食を食べさせてからロードワークを兼ねて秋葉を翠椋亭に送りとどけ、四姫の魔力制御の詰めを指導し、風呂に入っていつもの就寝時間になっても帰ってこなかったのだ。
腹を空かせて帰ってくると思い、夜食を用意しておいたが、朝起きてみるとそれにも手をつけていなかった。
びっくりして詩織の部屋に行き、一応帰ってきていることを確認して叩き起こしていると、朝飯を食べている時間がなくなり現在にいたる、というわけなのだが……
「本部を出たのが三時くらいでー、家に着いたのが四時半でしょー、それからお風呂入ってすぐ寝ちゃったから、寝たのは五時くらいかなー。
お夕飯も軽く食べただけ、っていうかお夜食を食べなきゃやってらんない状態だったのになんにも食べないで寝ちゃったから力も入りませんー」
「おいおい、緊急会議とはいえ何で午前様なってんだよ。そんなに長引いたのか?」
「うー、会議自体は夜の十時くらいに終わってたんだけど……そのあと何故か模擬戦をさせられて、いろんな人を相手してるうちにそんな時間に……」
……夜も遅くに模擬戦ですが、それはご苦労なことで。
基本的に、魔法継承家系の当主は成人しており、任務が入らないかぎり家か局にいるため、あまり時間というものを気にしない傾向にある。
ゆえに、詩織が模擬戦に付き合わされたことに特に違和感はない。ましてや詩織は今では唯一の「煉瀬」だ、本家の人間であれば末席でも、
イージス艦程度なら余裕で沈められると言われている連中の生き残りとあれば、模擬戦をするという機会はめったに訪れない。
「うにょー、もうダメ」
「え、あ、ちょ、ひゃあ」
前後不覚というか、もはや千鳥足で自立歩行すら怪しくなってきた詩織が、隣を歩く四姫によりかかる。
「あー、こらこら、そっちは四姫だ。寄りかかるなって、お前の方が背が高くて重いんだかぐぼぁ!」
押しつぶされそうになっている四姫から詩織を剥ぎ取ろうとしたら、いい感じの裏拳をもらった。
「だ、大丈夫ですか?」
腹を押さえてうずくまった俺に、四姫が慌てて駆け寄ってくる。枝垂れかかっている詩織を引きずりながら。
幸いヒットしたのが腹部だったため、回復は早かった、股間か鼻っ柱にもらってたら再起不能でした。
「……おう、大丈夫。ほら詩織、いい加減にしないと四姫がマリオに踏まれたクリボーになる」
「……ううん、ねぇ朔夜、帰っていい?」
「馬鹿、今日は四姫の編入試験の日だろ、修興の結界があるとはいえ俺たちから離れるんだ、念のため二人ともいなきゃ有事の際に手薄になっちまう」
今度こそ詩織を引っぺがし、半ば抱え込む形で支えながら前に進む。
これだけ密着して女の子特有のシャンプーの香りなんぞを嗅いでいると、普通の男子高校生なら興奮してもおかしくはないのだが、
相手が詩織なので興奮のこの字も出てこない。っつーか五月も半ばだというのに真夏日のような暑さなので余計に暑苦しいだけだ。
「さあぁああくやあぁあぁ、俺もうダメ~ぇええぇぇぇ」
校門まであと少し、とりあえず保健室のベッドに放り投げておくか、と考えていたところに、今度は汗臭い野郎が枝垂れかかってきた。冬馬だ。
「えぇい、暑苦しい離れろ!どうしてお前まで寝不足でへろへろなんだ!!」
「昨日原稿があがったんだよ~、そしたらやっぱりお祝いするじゃないか~、だから寝不足と二日酔いでレロレロレロ」
ダメだ、こいつはなんか男子高校生としてダメな気がする。
「え、えーっと朔夜さん?この方は一体……?」
「あー、そういえばこいつとは初対面だったな、こいつは八神冬馬、秋葉の兄で俺の悪友、そして現在進行でダメ人間だ」
「そんな紹介はひどいぜ相棒、でも今はそんなことかまってられなレロレロレロ」
「……………わっ、ばか、マジで吐こうとするな!!」
軽く嘆息して、二人を引きずったまま校門を抜ける。
すると、あたりから結構な人数のヒソヒソ声が聞こえてきた。
まぁ確かに、背中に冬馬、脇には詩織、そして隣には四姫という非常に意味のわからない状態は当然、周囲の好機の的になる。
そのヒソヒソとした会話の内容に耳を澄ませると、四姫の存在に関して言及するもの、俺が詩織を抱えていることになぜか憤慨しているものなどなど様々だった。
これ以上客寄せパンダになるのも、妙な噂を立てられるのも面倒なので、足早に廊下を通りぬけ、冬馬を部室に、詩織を保健室に放り込んだ。
「ふぅ、これでよし、と」
そして一息つくまもなく、今度は四姫を中等部の校舎まで送り届ける。
無駄に広い敷地と大量の学生数を持つ私立修興学園は、高等部から中等部までたどり着くのに徒歩で軽く三十分を時間を要した。
「あ、朔兄、四姫!こっちこっち!!」
中等部の昇降口には、秋葉が待っていた。
どうやら、試験会場までは秋葉が案内してくれるようだ。
「あれ、朔兄お疲れモードだね。あ、まさか冬兄に絡まれた?」
「そのまさかだよ、まーさーかーソウルだこの野郎」
「ごめんね~、普通二日酔いで学校なんか行かないのに」
「まぁ、いつものことだ。さて、じゃあ秋葉、四姫のこと頼んだぞ」
「うん、任せて」
「四姫も、まぁ試験は余裕だろうから、気楽にやってこい。帰りは迎えにきてやるから、終わったら……電話は持ってきてないから無理か、試験だもんな。しかたない、これを飛ばしてくれ」
ポケットから、リングで束ねるタイプの単語帳サイズの紙片を取り出して四姫に手渡す。
「そいつは簡易タイプの式神だ。一つの単純な命令しかできないように設定してあるから魔力を通す必要もない。ただ一言『行け』といえばOKだ」
「はい、わかりました!頑張ってきます!!」
「おう、頑張れ」
校舎の中へと消えた二人の背中を見届けると、また高等部へトンボ帰りをする。
授業開始まであと二十分、徒歩では三十分かかる距離、果たして間に合うだろうか?
――――――
結論、ギリギリ間に合った。
いや、正確にいうと、五分ほど遅刻した。
しかし、幸いなことにHRに担任が遅刻して来たので、出席確認が済んでいなかったのだ。
ちなみに冬馬は当然のごとくいなかった。電話をかけてみても出る気配がなかったので、HRはぶった斬るつもりなのだろう。
「はいはいごめんねー、遅刻しちゃって」
俺が教室に入ってから五分後、つまり十分の遅刻で担任の初老教師が入ってきた。
「いやいや、つい夜中にガ○ラ三部作が見たくなっちゃって、寝坊しちゃいました」
それって教師としてどうなんだろうか。
いや、もちろん寝坊するほうに関してだ。映画の趣味ではない。
「えーっと、欠席は……おや、今日も八神くんがいませんね、一条君なにか聞いてますか?」
「冬馬は持病のアセドアルテヒド残留症状に悩まされてます。でも授業には出ると思います」
「そうですかー、二日酔いねぇ、先生も学生時代は悩まされました。ちなみに果糖が効くらしいですよ?後で100%ジュースでもおごってあげるとしましょうか」
いやいや、だからそれって教師としてどうなのよ。
そんなこんなでHRは終わり、授業も特に滞りなく進んだ。
冬馬は二時間目から復活してきた、やはりジュースをおごってもらったのだろうか?
そして昼休み―――
「さて、学食ってどっちだっけ?」
「あれ、珍しい。朔夜が弁当忘れるなんて。今日は槍でも降るのか?」
「寝不足でなかなか起きなかった詩織の相手をしてたら、朝飯も弁当も四姫の分しか用意できなくてな」
「なーる、じゃあ俺も学食にするとしますか」
よっこらせ、と年寄りくさい声を上げて冬馬が立ち上がる。
こめかみのあたりをぐりぐりとやっているということは、まだ完全に酒は抜けきっていないようだ。
思わず治癒魔法をかけてやりたくなるが、さすがに場所が場所だし、ここで甘やかすと繰り返しそうな気がするのでやめておく。
教室棟を抜け、渡り廊下にでると、忘れていた熱気が体にまとわりついた。
霧浜は基本的には過ごしやすい気候なのだが、海に面しているため、今日のような暑い日だとどうしても湿度が高くなる。
「おぉう、この湿気は気分をさらにゲロゲロにさせてくれるぜ」
「衣替えは来月だからなぁ。まぁエアコンが入ってるだけマシだろ」
近年の異常気象により、五月中でも真夏日を超えることは珍しくはなくなった。
故に最近では結構な数の学校にエアコンが配備されるようになり、修興もその例に漏れない。
ただ、エアコンが常時使用可能になるのは七月に入ってからだし、それ以外の日は今日のように真夏日にならない限り動かない。
加えて、ここの男子の制服は黒のブレザーだ、登下校及び今のみたいにひょんなことで屋外にでるとなかなかの地獄を味わわされる。
「うわ……混んでるな」
校舎の中央に位置する学食。
内装は、かなり広めのカフェテリアのようになっており、外のテラスで食べることもできるようだ。
そのキャパシティは確か全校生徒の約半分を収容できるものと聞いていたが……
「まぁ、古今東西学食ってのはこんなもんだろ。授業が終わって走らなきゃ席は取れない、メニューは確保できない」
「それでも二人並んで座るくらいはできそうだな、さて、あの券売機で食券を買えばいいのか?」
財布を取り出しながら券売機に近づくと、そこには詩織がいた。
「ん、さすがに朝飯も食ってなければ起きてくるか」
「いやぁ、びっくりしたよ、起きたら保健室のベッドだもん。面倒だったから午前中の授業は斬っちゃったけど」
まぁ、夜中まで働いてたから今日は大目に見るとしよう。
券売機の品揃えをざっと眺めると、高校の学食にしては多い、むしろ多すぎる品数がそろっていた。
ここらへんは私学の強みなのだろうか?それとも単に学校の経営方針の問題か。
「俺はあんまり食欲ないし、うどんにしておこう」
そういって冬馬は隣の券売機にちゃりちゃりと小銭を投入、ボタンを押す。
「うどんか、っておい!そりゃカレーうどんじゃねぇか馬鹿!!」
「?、なにか問題が?」
カレーうどん、それは制服の敵である。
どんなに細心の注意を払っても、その黄色い飛沫が衣服に飛ぶことは避けられず、またなかなかその汚れが落ちないことで有名な代物だ。
しかも、その被害は本人だけでなく、近くに座っている他人にまで及ぶという無差別兵器……!!
「あぁ、それならカウンター席に座ればいいじゃん、俺ナフキンするしさ」
「そういう問題じゃないんだが……」
同意を求めようと思い、詩織へと振り返る。
「ってお前もカレー南蛮かよ!!」
「えー、食べたいんだからしょうがないじゃん」
「だれが洗濯すると思ってんだアホ!!」
まさか詩織までボケに回るとは思わなかった、こいつら相当キてるな。
ギャアギャア喚いたところで、買ってしまったものはしょうがないということで、二人は先に行ってしまった。
俺はおとなしく鯖味噌定食を選び、急いで後を追う。
「あれ?何だこの匂い」
「何って、カレーの匂いにきまってるじゃん」
食券をおばちゃんに渡して、三人並んで待っていると、どうにも妙な香りが漂ってきた。
「いや、確かにカレーなんだが……おかしい、どっかで嗅いだことのあるスパイス配分の香りだ……」
カレーというのは、スパイスの塊である。
一般的に売られているルーは、そのスパイスをその他調味料等で味を整えたものだが、専門店などでは独自のスパイスを調合して作っている。
独自のスパイスを調合する、ということは、各店のスタイルを確立するということであり、その手間は計り知れない。
なのに、たかが学食でこれだけ特徴的な香りのするカレーを作っているとは驚きだ。
「あー、そういえばこの学食、霧浜のいろんな店がレシピ公開なり出張販売なりをしてるらしいな、ちなみにこの匂いは多分駅前の喫茶店「エスティア」だろう」
そういわれて見ると、確かに前に食べたことがある匂いな気がする。
ちなみに冬馬は料理はからっきしだが、嗅覚と味覚だけは料理人である親の才能を受け継いだらしい。
しかしまぁ、たかが学食にそこまでするとは、修興学園恐るべしである。
麺類を注文した二人は若干時間がかかるようで、とっとと定食が出てきた俺は窓際の席を陣取った。
窓際は直射日光で嫌というほど温まっていたが、他に空いているところもなかったので妥協する。
「さて、いただきます」
無難なところを選んで頼んだ鯖味噌定食はわりと美味かった。
しっかりと咀嚼し、かつ適切な速さで食べ進めていると、カレー麺二人組みがこちらにやってきた。
「うわ、朔夜お前なんでそんなクソ暑い席に座ってんだよ」
「他に空いてなかったんだよ、いいじゃねぇか、暑い時に暑いところで暑いモノを食べるのは日本人の性だろ」
「そんなおばーちゃん思考しなくてもいいじゃん………」
ぶちぶちと二人で文句をいいながらも席に着く。
二人とも朝方よりは顔に生気が戻っているが、それでもまだ蒼白といっても差支えがない。
冬馬はなんとかいうか、救いようのない理由だが、詩織は仕事をしていたというし、この体調のままいられると、四姫を保護するという任務に支障をきたしかねない。
軽く違法行為になるが、二人のために気温を下げてやることにした。
ノートを取り出し、筆箱から筆ペンを取り出して、大きく「冷」と書き、机の中央に配置する。
そしてその紙に軽く魔力を通す、すると―――
ギシッ
と、木材が軋むような音を立て、周囲の温度がグンと下がった。
「ほら、涼しくなっただろ」
「おお、助かった」
「ありがと、文系はこういうとき便利だね」
理系は文系と違い、詠唱を必要としない。
その分、計算した数式を暗号化した魔法陣がいかなる状況、いかなる術式でも展開されてしまう分、隠密性に欠ける。
反面、文系はこの「お札」のように、「文字自体」に魔術的意味を持たせることができるので、
術式をあらかじめ用意しておいたり、今のように人目を気にするときにカムフラージュが可能となるのだ。
ただし、その文字を「刻む」媒体、ここではノートの紙には、こめられる魔力のキャパシティがあり、それを超えた術式を刻むことはできない。
そのキャパシティは刻む媒体の材質によるのだが、大概の紙や木簡では大した量のキャパシティを持っていないので、詠唱が必要になるような攻撃術式等は容量オーバーとなってしまう。
それ単体では、あくまで簡単な補助術式や、朝、四姫に渡した簡易式神程度の役割しか果たすことができない。こんなときは便利なのだが。
「あーあぁ、俺もお前らみたいに魔法が使える体だったらいいんだがなぁ」
ずるずるとカレーうどんをすすりながら冬馬がぼやく。
「馬鹿、これでも色々苦労があるんだよ、そもそもお前が使える体になってどうする」
「少なくとも、現場に出る際にお前らに護衛を頼む必要が無くなるだろ?」
「現場に出る情報屋ってのも珍しいと思うんだけどねぇ……ま、冬馬はどう転んでも覚醒しないから、いつでも私たちを頼りなさい」
これまたずるずるとカレー南蛮をすすりながら詩織が答える。
というかお前ら、案の定カレー飛ばしまくってんじゃねぇか。
「魔法が使えるといえば……どうやら四姫が興味を持ち始めたようなんだが」
あらかじめ持ってきておいたお絞りを二人に投げつけてから、昨日四姫に軽く魔法史の講義をしてしまったことを話す。
というかいくつかの質問に答えているうちに、俺が調子に乗ってあれこれと教授してしまったのだが。
「朔夜は教師体質だからなぁ……、んで?それがどうしたんだ?」
「……覚醒しているとはいえ、四姫はまだ一般人の範疇に居る、お前の業界と一緒で、“こっち”は生半可な覚悟で足を突っ込むと大火傷するからな」
「どこまで教えていいものなのか、判断がつかないってことか?」
「その通り、んで、お師匠様の判断を仰ぎたいんですが、いかがなものでしょう?」
俺の問いに、詩織は箸を丼のふちに置いて、
「魔法史レベルなら、もし他人に漏れたとしてもフィクションでごまかせるからいいけど、なんらかの術式まで教えるとまずいかな、
あと魔法史も深いレベルや、始祖術式とかに関連する事柄は禁止、四姫は頭いいから、そこから推測されて、好奇心程度で術式を組まれると面倒」
と、朝のふらふらして情けなかった詩織とは思えない、しっかりとした声色の回答が帰ってきた。
流石は日本の魔法世界を統括してきた煉瀬の生き残り、体調が悪くとも安易な判断で秩序を乱したりはしないらしい。
「ってのはあくまで私の判断、この件の責任者で、四姫の面倒を見ている朔夜としては、どう判断する?」
「そうだな……、四姫は、魔法を使えることに関するリスクを、自分があんなことに巻き込まれているから、理解できていないことはない。
もしこちら側に踏み込んでくる覚悟があるというのなら、なんらかの形でそれを証明してもらって、俺は四姫に色んな術式を教えたほうがいいと思う」
「……それだけじゃ理由が弱すぎるね、他には?」
「わかってるさ、一番の大きな判断材料として、四姫には相当な素質がある。普通は数ヶ月かかる魔力制御を一週間そこらで体得したのがいい証拠だ。
詩織が指導すれば、かなりの術者になることは間違いないだろう。……それに“こっち”は常に人材不足だしな」
局が発足して以来、魔導師は一種の職業として確立している。
魔法犯罪の取り締まりはもちろんのこと、冷戦以後、活発化した民族紛争へ、国連と連携し、第三勢力として介入などもしている。
一般兵に比べれば魔導師の戦死率は圧倒的に低いが、ゼロではなく、そもそも魔導師は絶対数が少ない。
ゆえに常に“こちら”側は人材不足に陥っているのだ。
「どうだろう?正直なところ、防御術式だけでも、俺は教えておいたほうがいいと思う。万が一のことがあったとき、それがあるとないとじゃかな差が出るだろ」
「それには賛成だね、ただし条件がある、とりあえず機会を作って、四姫に“こっち”側の現実を認識させること、それと、もし修行をつけることになったら、朔夜が四姫の面倒をみること」
「ん?俺は詩織に四姫の師匠をやってくれといったんだぞ?」
「もちろんやるよ、朔夜に任せたら変なこと教えそうだし、そもそも文系だし。ただね、妹弟子の面倒は昔から兄弟子がみるものだって相場が決まってるんだよ」
ぴっと人差し指を立てて詩織が言う。
「……そういうもんなのか?」
「そういうもんなの」
確かに言われてみればそんな感じもしないでもない。
だいたい今だって、ほとんど俺が面倒を見てきたから大して変わらない気もする。
「問題はどうやって『“こっち”側の現実を認識させる』かだな」
「あ、それなら俺にアイデアがある」
しばらく黙っていた冬馬が挙手をして、カバンからいつものノートパソコンを取り出した。
「昨日印刷所から帰る時に来た依頼でな、お前らに頼むのにピッタリな案件があったんだ。でも今は四姫云々で忙しいだろうから頼まないで置こうと思ったんだが、そういうことなら」
「へぇ、私たちにピッタリの依頼って?大規模殲滅戦?」
「いや、それ得意なのはあなただけです」
「ちょっとまて、ほい、これだ」
冬馬がくるりとノートパソコンの画面をこちら側にむける。
するとそこには――――
to be continued.....
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第十二話「魔女と先達」
「“Code Sacrifice”?」
土御門の口から飛び出した、聞きなれない単語に詩織は首を傾げる。
“Code Sacrifice”、直訳するならば生贄作戦、いや、生贄計画か。
今日び生贄などという単語は、それこそフィクションの世界でしか耳にすることができない。
それと、今日の議題である連続覚醒者誘拐事件はどうつながるというのだろう。
あたりを見回してみると、他の当主たちは、詩織にように、話が見えていない人間と、
顔に深く驚愕を刻み付けている人間の二種類にわけることができた。
傾向としては前者は年齢が比較的若く、逆に後者は定年を迎えていそうな面々が多い。
「土御門君、冗談はよしたまえ」
口調は大仰なのに、声色にはたっぷりと動揺を含ませた声を発したのは、
詩織の席の向かい(円卓なので正確には向かいで無いが)に座っている老人だった。
見覚えのある顔だが、名前は思い出せない。確か中堅どころの魔導師をたくさん輩出している家だった気がするが……
そんな、やせぎすの体をスーツで包んだ彼は、冷や汗を浮かべ、心なしか目が泳いでいるようだ。
「いえ、これがかなり信憑性の高い話なのです」
土御門は老人の動揺に一切配慮することなく言い切る。
「“Code Sacrifice”、皆さん周知の名前だとは思いますが……」
「ちょ、ちょっとまって、私知らない」
話の大前提が理解できないまま事が進みそうになったので、思わずストップをかける。
同様に話が見えていなかった若手たちも一様に首肯し、無言で説明を求めた。
「知らない?」
「知らない知らない、さっきからまったく話が見えてない」
土御門が心底意外そうな顔をする。
というか若いあんたが何で知っているんだ目で訴えると、
「……まぁ戦時中からの話になるから知らなくても当たり前か」
一人で勝手に納得してしまった。
「では、どうやら“Code Sacrifice”に関しての予備知識が足りない方が多いようなので、その説明から」
その言葉に、先ほどの老人が身を硬くする。
どうやら“Code Sacrifice”という単語は相当ヤバいものらしく、他の老齢の当主たちの反応も似たようなものだ。
しかし老いたとはいえ、それぞれがそれぞれに死地を潜り抜けてきた歴戦の魔導師たちである。
そんな彼らがここまでの過剰反応を示すとなると、もはや若輩の詩織にはそれがなんなのか想像すらできない。
「今からだいたい80年前の、1941年12月8日、大日本帝国海軍は、アメリカのハワイオアフ島真珠湾に向けて奇襲作戦を展開した。
これがいわゆる、表の日本近代史の教科書にも載っている“真珠湾攻撃”です」
土御門は器用に片手で資料をめくりながらもう片手で、背後にあるスクリーンのコンソールを操作しながらしゃべる。
「太平洋戦争の開戦の口火でもあるこの攻撃、これの成功にはいくつかの要因があるとされていますが、
実際のところの成功理由は、これこそ皆さんご存知の、ある一人の魔導師の存在があったからだといえます」
ここで一旦土御門は手の動きを止め、室内全体を一瞥すると、一息に、
「七神八重、通称「魔女」。邪を祓い、妖魔を滅する魔導師でありながら帝国軍に率先して協力し、内にも外にも大量の犠牲者を出したA級戦犯」
七神八重、その名を聞いた詩織は、再び意外な単語が出てきたことに片眉を吊り上げる。
彼女の名前を知らない魔導師はほとんどいない、知らなかったらそいつは相当な⑨か、モグリだ。
おそらく世界的に見ても、彼女ほどの非人道的行いをした魔道師はいないだろう。
土御門のいうように、彼女は大戦中の日本において数少ない、「協力派」の魔導師であり、
過去数百年単位で見ても、彼女を以上の資質を持った魔導師はいないといわれるほど、強大な力を有していたという。
戦地に赴いての大量虐殺は当たり前、無辜の民を拷問にかけ、魔法の実験台にし、親族にすら手をかけた快楽殺人者、
その行動、言動、思想には際限がなく、協力を申し入れた軍部でさえ最終的には彼女を持て余していたらしい。
しかし………
「幸い彼女は、当時の煉瀬当主を代表とした軍部反対派にミッドウェーで討滅され、
その後大戦は終結、魔法統制管理局が創設され今日に至る、というのが皆さんの共通認識であると思います」
そう、七神八重はもう既に死んでいるのだ。
曽祖父を含む局の創設メンバーが決死の作戦に踏み切り、多大な犠牲を払いながらも討滅したという話は、
小さいころから一族全員が殺されるまで何度も聞かされてきたからよく知っている。
「そして終戦からおよそ四十年後、とある計画がこちらの世界で明るみに出ました」
ここで一度土御門は一拍おいて、
「“Code Sacrifice”、内容を端的にまとめるならば、『魔女、七神八重を復活させる』という計画です」
とんでもないことを言い放った。
「通常死んだ人間を生き返らせることは不可能です。
我々の魔法をもってしても、せいぜい怪我の治療に使える程度の治癒魔法のみ。
蘇生魔法は、完全に廃れておりそれはもうオカルトの領分になってしまう、ですからこの計画は現実的ではないと思われていました。
局も発足してある程度時間が経ち、規模が加速度的に大きくなっていく時期だったので、この計画に関する報告は軽視していたようです。
しかし、四十年前この計画を実行しようとした魔導師たちは本気で魔女を復活させるつもりだったらしく、
最終的にはまがりなりにも魔女を復活させた、『らしい』です。
『らしい』、というのは、この事件に関しての詳しい記録が局のデータベースにも、うちの書庫にも、
三度魔女の復活を阻止するため、という理由で残っておらず、この事件解決にあたった人間にも、
一切の言外ができないようにセイフティがかけられているため、その復活の方法、
犠牲者の数、展開された討滅作戦の詳細などの一切が闇に葬られてしまったからです。
唯一、煉瀬の大老がすべてを記憶していたようですが、既に故人ですので聞きだすすべもなく、
局の魔法史と、当事者らのセイフティをギリギリまで掻い潜った結果、ここまで調べ上げました」
一気にしゃべり終えた土御門の言葉を脳内で整理する。
そんな計画が過去にあったというのはまったく知らなかった。
一応戦後からの魔法史が人並みに勉強したつもりだったが……今度朔夜に知ってたか聞いてみよう。
しかし魔女の復活とは、あまりにスケールが大きすぎて意味がわからない。
そもそも魔女に関してだって、知識の上でしか知らないのだ。
ただ、向かいの老当主、つまり事件当時現役だった人間のあの怯えようから察するに、
セイフティ(いわば魔法で脳を「加工」するという意味だが)がかけられてもなお震えがでるような存在であったということは確かだろう。
曽祖父がすべての情報を握っていたという話も初耳だったが、詩織にとっては曽祖父の記憶はうろ覚えでしかない。
余談だが、現在ではよほどのことが無いかぎり「加工」のような、脳に直接介入する術式の使用は禁じられている。
そもそもこの術式は、大戦中の一般兵に対して、魔法技術の漏洩を防ぐために考案されたものなのだ。
「さて、ここからが今回の事件とこの“Code Sacrifice”がつながる話になります」
土御門が手元のコンソールをいじると、照明が落とされ、窓は遮光カーテンでさえぎられた。
次に、手元のディスプレイと、壁のスクリーンに画像が表示される。
画面に映ったのは写真、それも自分と大して歳が変わらなそうな少女のものだった。
「先に事件の概要から説明します。
一週間前、彼女が覚醒したとの報告を受けた当局は、調査のために数名の局員を現地へ派遣しました。
通常ならばこれは事務方の仕事ですが、この時点で覚醒者連続誘拐の報告がなされていたため、
大事に備え実働部隊を派遣、保護のため局が用意した施設に護送するという手順をとることに」
画面の写真がスライドで入れ替わり、局の実働部隊の制服である白いコートを来た男たちが数人出てきた。
「実働部隊として派遣されたのはこの五名、いづれも実戦経験のある中堅レベルの魔導師で、特に問題もなく保護できると当局は踏んでいました。が、」
再び写真が入れ替わる、そこに映っていたのは………
「……………!?」
「保護作戦を展開した同日未明、何者かによる奇襲を受け、五名全員が殺害、覚醒者は行方不明という事態が発生しました」
死体だった。一瞬で部屋の空気が凍りつく。
それもほとんどが原型を留めていない、肉片といっても差し支えがないほどの無残な姿だ。
一人は四肢を切り飛ばされ、内臓が引きずりだされている。
また一人は全身の皮膚が綺麗に剥かれ、黄色い皮下脂肪と、網目のように走る血管と、プルプルしたピンク色の筋肉が露出してる。
他二名も同様に、身元特定が困難なほどに頭蓋が破砕されていたり、関節ごとに丁寧に輪切りにされていたりと、正直なところ、
仕事でたくさんの死体を見てきた詩織でさえも目を背けたくなる代物だった。
唯一、一人だけが正確に心臓を一突きされただけで、その惨たらしい写真の中では逆に浮いていた。
「証拠品はほとんど残っておらず、残留魔力も綺麗に消してあったので、犯人の人数、性別、所属などは一切不明ですが、
目的を知る手がかりが一つだけ残されていました。」
画面から死体の写真が消え、今度は血で真っ赤に染まった携帯が表示される。
「どうやらこの携帯の持ち主であった局員は犯人と最後まで交戦していたらしく、犯人との会話を携帯の録音機能を使用して残そうとしたようです。
しかし見てのとおり血液が携帯の内部に侵入したため、データは破損、その上でなんとかサルベージして聞き取れるぎりぎりのレベルまで修正を施したものがこちらです」
土御門がCDを掲げて、ドライブにセットする。
すると画面にメディアプレイヤーが立ち上がり、ヘッドホンの着用を促した。
言われるがままに手元にあるヘッドホンをつけ、再生ボタンを押す。
『ひっ、ひ、ひ、あぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁ!!!』
いきなりの悲鳴、これは断末魔の叫びだろうか。
その後三十秒ほど音声が途切れ、サーという砂嵐状のノイズが続く
『―――――教え、―――、‐―――――目-――――――――』
途切れ途切れに、甘ったるいねっとりした、しかしどこか神経を逆なでして怖気が走るような、とても嫌な声が聞こえてくる。
『私――――的、“Code Sacrifice”度―――――う。---――――に、む、め……存欠――――。』
ここで音声は完全に途切れた。
――――――
「………………」
円に渡されたウォークマンから聞こえてきた声に朔夜は硬直する。
最初に聞こえてきた断末魔に聞き覚えがあったからだ。
音質は最悪でバリバリだし、もはや声ともいえぬような叫びだが、間違いない。
この声の持ち主は以前組んで仕事をしたことのある人だ。
朔夜が局に入って間もないころ、魔導師が十名ほど投入される作戦があり、
その時にツーマンセルで組んだ相手。
詩織以外とコンビを組むのは初めてで、しかもこの規模の演習に参加するのも初めて、
そして、初めて殺害許可の出た初めてづくしの作戦の時だ。
局でも一握りしかいない文系魔導師である朔夜に、的確なサポートをし、
窮地を救い、初めて人を殺した苦しみを和らげてくれようとしてくれた魔導師。
魔導師としての実力も申し分なく、その作戦のあとも付き合いだ続いた、
師と仰ぐ両親と詩織とは違う、まさしく「先輩」と呼ぶにふさわしい人だった。
確か酒を教えてくれたのも彼では無かっただろうか?
「………………」
せめてもの供養にと、目を閉じて黙祷をささげる。
「………知り合いだったのかしら?」
一分ほどの黙祷の後に目を開けた朔夜に円が言う。
朔夜はそれにすぐには答えず、冷めてしまった紅茶を飲み干し、深くため息をついてから言った。
「えぇ、一週間も前に亡くなっていたなんて知りませんでした。通夜にも葬式にも出ないなんて恩知らずな真似をしてしまうとは」
「そう、酷なものを聞かせてしまったわね。大丈夫かしら?」
「少々めまいがしますが、なんとか」
黙祷である程度気持ちを落ち着けたとはいえ、冷たい汗が吹き出た体は冷え切ってしまっており、呼吸も浅くなっている。
大丈夫とはいったものの、見るからに憔悴している朔夜を見かねて、円は新しいお茶を淹れる。
「“Code Sacrifice”、ずいぶん前に文献で読んだきりですが……」
「その歳で“Code Sacrifice”についてある程度知識があるだけ驚くべきところなのだけれどね。
あいにく私も「加工」を施されているから誰にもしゃべることはできないのだけど、
もしこの犯人の言ってることが本気なのだとしたら、魔法統制管理局にとっては未曾有の事件になるわね」
「魔女の復活、想像もつきませんが………あ、ありがとうございます」
円が淹れたお茶はカモミールティーだった、その芳香と温かみに冷え切った心身が温度を取り戻していく。
「七神八重、確かに彼女は最強の名にふさわしい魔導師だったわ。
局が発足してから、今に至るまで「最弱」である私なんかではまさに「瞬」殺されてしまうくらいに。
創設メンバーの中でも最も強かった煉瀬の大老でも、単身では勝てなかったでしょうね」
「そんな人間が復活してしまったら、いったいどうなるんでしょう?」
「さぁ、少なくとも魔法世界の安寧が保たれるということはないでしょうね。
今現在彼女に対抗できる人間は存在しないし、あなたのご両親や煉瀬のお嬢さん、土御門の当主、その他の実力者が束になっても勝てるかどうか。
はっきりしているのは、なんとしても我々魔法統制管理局は、おそらくこの事件に関係している覚醒者の誘拐をこれ以上起こさせないようにし、
最悪の事態になる前にこの事件を解決に導かなければならないということよ」
そう言った円の瞳には、局を創始した人間としての確固たる意思の灯が宿っていた。
その後は四姫の転入に関する話や、軽い雑談をした。
ふと時計を見ると、昼を二時間ほど過ぎてしまってることに気がつく。
ショック状態からも回復したし、なにより四姫と秋葉を待たせてしまっていることを思い出した朔夜は、
事件の情報提供とお茶の礼を丁寧にすると、理事長室を後にした。
―――――
“外で待ってろ”といっておいたので、校門に向かってみたが二人の姿は見当たらなかった。
手続きに手間取っているのかと思い事務室に言ってみたが、そこにもいない。
不思議に思ってそこにいた事務員に尋ねてみたところ、ずいぶん前に手続きは終わったとのこと。
電源を切っておいた携帯を起動して、メールの問い合わせをしてみるが、冬馬から
『入稿間に合ったwwwwwww褒めて褒めてwwwwwwwww』
という意味のわからないメールがあっただけで、秋葉からの連絡は無い。
冬馬によかったなとおざなりな返信をしてから、秋葉の携帯に電話をかけてみるが向こうも電源を切っているようだ。
仕方が無いので、目を閉じて軽く校内をカバーできる範囲で四姫の魔力反応を探ってみる。
するとすぐに、グラウンドの方角に橙色の反応がヒットした。
あまり待たせるものだからグラウンドで遊んででもいるだろうか?
「……まぁ、小学生じゃあるまいしそれはねぇな」
つぶやいて、両足に魔力をとおす。
校門からグラウンドは校舎をはさんでかなりの距離離れているので、真面目に歩くのが面倒になったからだ。
誰も見ていないことを確認して、軽く地面を蹴り、昇降口までの三十メートルほどの距離を一瞬で縮める。
昇降口を抜け、中庭を突っ切り、長い廊下を三歩で走りぬけ、屋内プールを視界の端に収めつつ一分足らずでグラウンドに到着した。
慣性を殺しながら、グラウンドを見渡して二人の姿を探す、とそこには、
「よし来い!バックスクリーンに叩き込んでやる!!」
威勢良くバッターボックスに立つ秋葉と、
「………………」
二週間近く付き合ってきたなかで、初めて見せる真剣な表情をした四姫がマウンドに立っていた。
ベンチには秋葉を応援するどうみても正規の女子ソフトボール部員がおり、
守備側も、四姫以外は全員修興の文字が縫い取られたユニフォームを着ている。
「……はい?」
あまりの予想外な光景に、慣性を殺しきれずにずっこけてしまう。
ずでん、という盛大な音と、キンという甲高い打球音が重なった。
「あっれー?朔兄そんなところで何転がってんの?」
ファーストに向かって走ってきた秋葉が朔夜の顔を覗き込む、打球はレフトフライになったらしい。
「いや、理事長との話が終わったから帰ろうと思って校門に行ったらお前らがいないからここまで探しにきたんじゃないか」
ここは某反核搭載二足歩行戦車財団に所属しているエージェントのように「待たせたな!」とか言いたいところだが、
引っくり返っているのではまったくさまにならない。起き上がって、パンパンと服についた砂埃を払いながら答える。
すると、次の打者も凡退させた四姫もこちらにやってきた。
結構な球数を放ったのか、顔は上気してうっすらと汗をかいている。
「や、ごめんごめん。手続きが意外と早く終わってさ、三十分くらい校門で待ってたらつかまっちゃって」
「で、なんで四姫まで参加してるんだ」
一応、四姫の安全を預かる身としてはしょうもないことで怪我をさせるわけにはいかないのだが。
「驚くなかれ、なんと四姫は秋聖のソフトボール部のエースなのだ!!」
「………マジで?」
驚いて四姫の方に向くと、躊躇いがちに頷いた。
そういえば転ぶ寸前に見た四姫の投球はかなりさまになっていた気がする。
というかお嬢様学校にも球技系の運動部とかあるんですね、知りませんでした。
「うん、正式に入学したら是非とも我が部に!!」
「うわっ!」
背後からいきなり大声が上がったので、思わず間抜けな声をあげてしまう。
振り返るとそこには、さっきファーストについていた女子生徒がいた、この部の部長だろうか?
どうやらさっきの凡退でラストバッターだったらしく、他の面々は片付けを始めている。
(入学したら、つっても期間限定なんだがな……)
男一人を放ってしゃべり始めた乙女三人を眺めつつ朔夜は思う。
いつになるかはわからないが、この事件が解決すれば四姫はもとの生活に戻っていくのだ、
ここで下手に思い出をつくると辛いのは目に見えているのだが……
まぁ、そのあたりは四姫本人が判断することだし、事前に知り合っている人間が多いほうが、編入したときは楽かもしれない。
「さて、二人とも、そろそろ行くぞ、俺の腹が限界だ」
「OK、じゃ着替えてくるから待ってて。四姫行くよ!」
更衣室の方に二人は駆け出していく。若い連中は疲れを知らないらしい。
しかし、言葉にしてみると、確かにかなり腹が減っている。
気を緩めれば盛大に腹の虫がなきかねない。昼を二時間も過ぎていれば当たり前か。
というか昼も食わずにあいつらは運動してたのか、驚愕だ。
「となればあの二人もかなり空腹なはずだが……さて、何を食べに行こう?」
近くの飲食店で、量と質を兼ねていてお財布にも優しい店を脳内検索していると、ふいに胸ポケットが振動した。
そこにしまっておいた携帯を取り出して背面ディスプレイで着信番号を確認すると、詩織からだった。
「なんじゃ」
『なんじゃ、じゃないよ!昼ごろからかけても全然出ないじゃん』
「桔梗院の婆さんに話を聞いていてな、切りっ放しだった、すまん」
『話っていうと、やっぱり?』
「あぁ、“Code Sacrifice”とやらの話だ」
『……どうしたの?ずいぶん憔悴してるみたいだけど』
電話ごしの声だけで気分が沈んでいるのを見抜かれた。
秋葉や四姫の前では取り繕えても、やはり師匠にはお見通しのようだ。
「……そっちで一週間前の覚醒者誘拐事件の資料は見たか?」
『うん、五名の局員が惨殺された………って、まさか!?』
「そのまさかだ。例の音声を記録した携帯の持ち主は、俺の先輩魔導師だったよ」
声に出してみると、嫌にその人の死が軽く聞こえた。
職業柄、知り合いが死ぬことは珍しいことではないし、自分だって殺らなきゃ殺られる、
というときには、躊躇することなく殺しに行くのだ。
故に、人の死というものには、耐性がついているとは思ったのだが……
『うそ、全然気がつかなかった……』
「詩織はあの人とは付き合いがあまりなかったから無理はないさ」
『大丈夫?ちゃんと泣いた?』
「…………いや、まだだよ」
詩織の言葉に、目尻が決壊しかける。
泣く、という行為は、死者を弔う行為だ。
人は「鳴く」ことができ、「泣く」ことができ、「哭く」ことができる。
それぞれがそれぞれに、魔術的な意味をもち、死者を思って「泣く」のは、涙で死者の魂を清める行為と意味づけられている。
つまり「泣く」とは死者を死者として認知するということ。
だから、「泣いて」しまうと、生者と死者の間とのリンクが切れてしまうのだ。
「まだ泣かない、仇討ちも済んでないしな」
『そう……私はどうも戻るのが遅くなりそうだけど、本当に大丈夫?』
「おいおい、少しは弟子を信用しろって」
『そういう虚勢が余計心配になるんだけど……』
「大丈夫だって、力が制御できなくなるほど取り乱しちゃいない」
『ならいいんだけど。おっと、もう時間だ』
「あぁ、こっちも二人が帰ってきた」
グラウンドの端の更衣室から、着替えた二人がこちらに向かってくる。
『お夕飯は何か適当に作りおきしておいてくれればいいから』
「了解。んじゃ、引き続きそっちは頼む」
『OK、じゃあね』
電話を切って、ポケットにつっこむと同時に、走り寄ってきた秋葉が、
「お腹すいた!!」
と、無邪気に言う。
詩織との電話でまた気分が湿っぽくなっていたのを、幾分かぬぐってくれる声だった。
(こいつのこういう声は天性かもしれないな……)
そう思いながら、妹分にそんなことを言うのも癪だし、
こちらの話で余計な心配をさせる必要もないので、再び仮面を付け直す。
「わかったわかった、四姫、何が食べたい?」
「え~っと……」
「え、私に選択権はないの?」
そうして丁々発止の会話を繰り広げながら、朔夜たちは郊外へと歩き始めた。
to be continued.....
Thut-The thing which unifies time and wisdom-
第十一話「紅茶とブルマ」
日曜日。
健全で優良な女子高生ならば、部活や遊びに精を出す時間。
そんな時間に、自称健全優良女子高生の煉瀬詩織は、とある施設に赴いていた。
広大な敷地を有し、初めて訪れるものを圧倒する大きさを持つ建造物。
中に入れば、その大きさに違わぬ広さをもった空間が広がっており、内装はどこか近未来的な匂いを漂わせている。
建物の中を行き交う人々はそれなりに多く、しかもその性別や年齢層、人種は様々。
まだ十歳に満たないような子供がいたと思えば、一世紀生きてるんじゃないかこいつは?と言いたくなるような老人まで、
まさに老若男女という言葉が体現された空間である。
『魔法統制管理局 本部』
先の大戦中および戦後数十年間で、飛躍的に発展、普及した魔法技術を管理統制する機関の本部。
日本のどこかに存在し、外界とは完全に隔絶された空間に在り、日本の土地の上に成り立っていながら、
魔法技術の国家による独占を防ぐため、日本国の影響下から独立した完全なる治外法権を有している。
魔法統制管理局の現在の主な役割は、魔法技術の継承、及び隠匿、覚醒者の登録、保護、魔法犯罪者の逮捕から裁判、
処分に至るまで、収拾のつかなくなった紛争への介入など、多岐にわたっている。
それ故にここを訪れる人間はさまざまで、幹部クラスのジジイババアがいれば、実働部隊の中堅どころである青年期や壮年期の人間、
ついこの間魔法能力に目覚めた、魔法継承家系のちびっ子等々。
「……いつ来てもごった返してるなぁ、ここは」
詩織は受付で手続きを済ませ、時間まで休憩所でお茶をすすっていた。
魔法統制管理局は世界各国に支部を持っている。
異能の力を持っている人間が少ないとはいえ、日本本部のみでは世界を裁き切れないからだ。
以前(以前といっても三十年弱)は本部ひとつしかなく、その負担の大きさは計り知れないものだったらしいので、
この混み具合も現在の比ではなかったのかもしれない。
「あれ、詩織ちゃん、久しぶり」
名前をよばれ、顔をあげるとそこには一人の青年がいた。
外見から年齢は読み取れないが、はっとするほどの目鼻立ちをし、三つ揃いのスーツに身を包んだ、
世の女性が一目見たらキャアキャアいってどうしようもなくなりそうな美形である。
「お久しぶりです、土御門さん」
「元気にしてた?」
実のところというべきか、事実として詩織も相当な美人であるので、
土御門、と呼ばれた男とのツーショットはかなり画になっている。
「えぇ、なんとか。土御門さんも今日は召集に応じて?」
「まぁねー。今日は旦那はどうしたの?」
土御門は休憩所備え付けのサーバーからコーヒーを紙コップに注いで、詩織の座っている長椅子に腰掛けた。
「今日は女子中学生二人とデートらしいです」
「ほぉ、それはそれは、こんな美人を放って浮気、しかも相手は中学生とは、豪気な」
茶化すように土御門はいい、手に持ったコーヒーを飲む。
苦さに、というよりはまずさに耐えるように顔をしかめて、口を開く。
「で、詩織ちゃんはこっちに来なきゃいけないから体よく一条の代理を押し付けられた、と?」
「………そういうことになるんですよね」
今日、せっかくの休日を返上して本部に来たのは、召集がかかったからだ。
召集がかかった対象は、戦前から続いている「家」の当主クラスの人間ばかり。
局は設立してからまだ百年に満たない若い組織(国際連合と同時期に設立)であり、
発足時からの幹部、管理職クラスの人間には、戦時中日本の強制、迫害から逃れ反駁した「家」の人間が数多く起用されている。
故に、このような場にそのような人間が集められること自体がないわけではなく、三ヶ月に一度くらいの頻度で定例会議もある。
しかし今回の召集は「緊急」扱いで、現在担当している事件がなければ必ず出席しろ、といわれた。
つまるところ、これから始まるであろう会議は、局の方針や魔法世界全体にかかわる事柄に関することとみて間違いはない。
詩織は煉瀬ただ一人の生き残りであるので必然的に当主になる。
そして朔夜も、両親が日本を離れている間は当主代行としてここにこなければならないのだが、
週末は四姫の編入手続きがあるといって、取り付く島もなく代行代理を押し付けられてしまったのだ。
通常、当主の代理はその家の血縁者が勤めなければならないのだが、
「まぁその辺は煉瀬の発言力でなんとかなるんじゃね?」
という無責任極まりない発言によって言いくるめられてしまった。
「しかしいつ飲んでも不味いね、ここのコーヒーは」
土御門は耐え切れなくなったように嘆息しながら言い、
煮詰まって香りもとんだ泥水のようなコーヒーを流しに捨てた。
「コーヒーの味はよくわからないのでなんとも」
詩織が苦笑しながら肩をすくめる。
「…あぁ、詩織ちゃんはお茶派だったっけ?」
「いえ、特別そういうわけではないのですが、朔夜があまりコーヒーを淹れないので」
コーヒーは嫌いではないが、普段飲むことがなければ味などわかるはずもない。
朔夜がお茶の時間や食後、勉強中に淹れてくれるのは大概においてお茶である。
日本茶、紅茶、中国茶。その種類に関してあまり節操はないが、その味はかなりおいしく、
魔導師やめてもどこかの喫茶店のマスターとして食っていけるんじゃなかろうかという腕前で、
現に今飲んでいるお茶も、朔夜が朝、魔法瓶にいれて渡してくれたものだ。
「朔夜が、ねぇ」
「あ、このスコーンもそうですよ。食べます?」
今度は土御門が苦笑しながらスコーンと紙コップを受け取り、
お茶を一口、スコーンを一口食べると、その美貌を少しだけ驚きの形に歪ませた。
「……なんだかんだいって愛されてるんじゃないか?詩織ちゃん」
「へ?」
詩織が間抜けな声を上げると、土御門は愉快そうに笑って、
「それだけこのアールグレイとスコーンがおいしいということさ、
詩織ちゃんのものじゃなかったらあの一条の坊主をうちで働かせるくらいだよ」
朔夜が聞いたらなんというだろうか。
少なくとも自分の料理をほめられるのは嫌いではと思うが、
詩織以外の人間のために働く姿は想像しずらかった。
それはまぁ、多分に独占欲からくることもあるが、少なくともあいつは執事のように働く柄ではないと思う。
「む、そろそろ時間だね」
二十分ほど談笑したあと、詩織と土御門は立ち上がる。
今回の会議は先ほど述べたように緊急で、しかもわりと秘匿性が高いらしい。
休憩所から、会場の会議室まで歩くなか、詩織は土御門に尋ねた。
「そもそも今日の議題はなんなんです?」
土御門はあたりを見回し、誰もいないことを確認すると、つぶやくように言った。
「最近、覚醒者を狙った誘拐事件が多発してるんだよ」
「あぁ、それなら。今日の朔夜のデートの相手の片割れはその被害者ですね」
「じゃあ話は早いか、問題は、覚醒者の誘拐に際して事前に予告状がとどいているというのに、
かなりの確率でその誘拐が成功している、という点にある」
「……局の対応がずさん、ってことはありませんね。じゃあやっぱり」
「俺は直接かかわっていないからどうにもわからないが、かなりのレベルの魔導師が絡んでいるみたいだな、それも一人じゃない」
確かに、四姫を救出する際に戦った魔導師も式神だったとはいえ、あの量と質のキメラを召喚し、使役していた。
裏を返せば、式神程度でもあの力量ということは本人は相当の術者ということになる。
「私と朔夜があたったやつも、結構強かったです」
「そうか、継承家の当主クラスが強いと認める程度か……」
どうやらこの情報は初耳だったらしい。
土御門家が把握していない情報があるとなると、事はかなり混乱しているということか。
だとしたらこの前の式神を自爆させずに無理矢理干渉術式でも打ち込んでおくべきだった。
いまいち覚醒者のみを狙って拐わす理由に見当がつかないが、それはこれから議論すべき話題なのだろう。
会議室に到着し、入室すると、すでにほとんどの人間が着席していた。
まだ会議開始まで十分以上あるので、座って談笑ないし議論を吹っかけあっていて結構うるさい。
詩織と土御門は隣り合って、円卓に腰をかける。
土御門が座った席は、円卓とはいえ議長席にあたるので、司会進行は彼の仕事らしい。
詩織が自分の右どなりの空いた席に、一条家当主代行の形を模した人形を置いたと同時に、土御門が会議の開始を告げた。
―――――
「遅い!」
すびし!と音を立てそうな勢いで秋葉に指を指され、朔夜は少々困惑する。
約束の時間は九時半、今の時刻は九時二十分を回るか回らないかという時間だ。
腕時計が壊れたのかと思い、携帯の電波時計で確認するが、やはり約束の時間は過ぎていない。
「いやいやいや、まだ十分前だろ」
「女性と約束したら男は三十分前には待ち合わせ場所に来るのが当たり前でしょ?」
知らなかった。
「そーなのかー。ってお前はいつからここにいたんだよ」
「わ、私はほら、早く来て自分の用事を済ませたかったから」
なるほど、道理で。
今日の待ち合わせ場所は、修興学園中等部校門前。
自分の通う学校なら用事があってもおかしくはない。なぜか少々どもり気味なのはひっかかるところだが。
でもまぁ、待ち合わせといっても、今日はデートのように青春の香りがするような用事ではない。
四姫の編入に関する話を学園側とするために来たのだ。
本部の方で今日は何か緊急会議があったようだが、それは詩織に任せておいたので問題はない。
出かける時になにやらわめいていたが、機嫌取りに紅茶とスコーンを渡しておいたし、
帰ってきたときに好物のひとつでもつくってやれば大丈夫だろう。
「へっくし!」
「あれ、風邪?朔兄は花粉症持ちじゃなかったよね?」
前言撤回、どうやらあっちで人の悪口をいっているようだ。
「あ、ティッシュ使いますか?」
今まで黙っていた四姫が、心配してくれたのかポケットティッシュを取り出して言った。
しかしくしゃみをしたとはいえ鼻水が垂れたわけではないので、丁重に断りをいれる。
そうですか、といってティッシュをしまう四姫を見ながら、こんな清楚なお嬢様もいまどきいるのだなぁ、
とか思っていたら秋葉に脇をつつかれた。
「ほら、そろそろいくよ?」
「あ、あぁ、ちょっとまて、お前を四姫に紹介してない」
朔夜は、自分の斜め後ろに立っていた四姫を秋葉の正面に立たせる。
「四姫、こいつは八神秋葉、もしかしたら見覚えがあるかもしれないが、俺の妹分で、料理の師匠の娘だ。
年齢はお前のひとつ上の十五歳。修興に入れば先輩になるから、何か学校で困ったら助けてもらうといい」
「よろしくお願いします、八神先輩」
「秋葉でいいよ」
「うし、じゃあ行くか」
秋葉を先頭にして、朔夜たちは校舎に進入していく。
私立修興学園は、正確に名前を書くとしたら、「私立修興大学附属学校」となる。
前にも説明したが、母体である大学が教育学部を有しており、
小学校から高校までのすべての教職課程を履修することができるようにするために、
霧浜の広大な土地を利用して作られた一種の学園都市と言っても過言ではない。
故に当然それぞれのキャンパスはつながっており、大学生の講義中に、
その外を中学生が部活の走りこみをしているなどといった、シュールな状態が発生することもままある。
朔夜、冬馬、詩織はそれぞれの事情から中学校は公立の学校に通っていたため、
中等部の校舎の構造はまったくといっていいほどわからない。
逆に秋葉は小学校からストレートで修興に通っているので、単なる在学年数で言えば、九年分も先輩になるのだ。
本当は、今日のこの予定に秋葉の参加はなかったのだが、根回し完了の電話をもらった際に、
「じゃあ日曜日は何時に行けばいいの?」
「は?や、お前は来なくてもいいぞ、日曜なんだから遊んでろ」
「ふ~ん、でも朔兄、中等部の校舎がどうなってるか知らないじゃん」
「そんなものは案内を見ればどうとでもなるって、魔導師なめんじゃねぇぞ」
「いや、魔法とこれとは関係ないと思うけど……」
「いざとなれば検索魔法がある」
「それって大丈夫なの?」
「全然」
「だめじゃん……」
「ま、本当にこっちのことは気にしなくていいから、お前は友達と遊びに行くなり、デートでもするなりしろ」
「友達はみんな部活、彼氏はいません。じゃあ九時半でいいね?」
「え、お前彼氏いないの?じゃなかった、おい!」
そのまま電話が切られてしまったので、断るに断れず今の状況と相成っている。
実際のところ朔夜は、というか魔導師はその職業柄、空間把握能力に長けているので、
秋葉の案内がなくても問題は無かったのだが、入校手続きなどの余計な手間が省けたのでよしとする。
秋葉は四姫に校内を一通り案内した後に、事務室で様々な手続きをする、という予定でいるらしく、
途中から四姫を自分の隣に来させて、あれやこれやと指を刺したり、手振りを交えながら世話をしている。
どうやら八神の人間は遺伝的に世話焼きの傾向があるようだ。
「あ、秋葉だ!お~い!!」
グラウンドに出ると、陸上部と思われる集団の中から数人、こちらに向かって手を振りながら近づいてきた。
あの様子からすると秋葉の友達のようだ。全員が同じ体操服にブルマ姿だ。
余談だが、修興の女子の運動着は小、中、高、すべてブルマである。
いまどき日本じゃお目にかかるのは漫画かアニメの中だけだが、何故か修興はそうなのだ。
気になっていつか冬馬に聞いてみたことがあるが、どうやら大学の学部長が指定したらしい。変態か。
「休みにどうしたの?」
「あ、もしかして陸上部に入る気になった?」
「あれ~?この子は秋葉の妹?」
「そこのお兄さんは秋葉のお兄さん……はメガネをかけてるから違うか、彼氏?」
こちらに来るなり矢継ぎ早に質問を繰り出す女子生徒たち。
女三人寄ればかしましいとはよくいったものである。
「ううん、この子はこれからうちに編入する予定の子、こっちの朔兄の知り合いなんだ」
「へぇ~、この時期に編入かぁ、珍しいね。名前はなんていうの?」
「古宮、四姫です」
「しき、しきってどの字を書くの?式?織?それとも志貴?」
(いやあんた、いろんな意味で偏りすぎだろ)
朔夜が心の中で突っ込んでいると、四姫は戸惑いながらも答えていた。
「えっと、四に、姫って書きます」
「四つのお姫様!」
「すごい!おぜうさまみたいな名前だね!!」
名前を聞いたとたんに、やってきた女子生徒たちの声が三割増しになった。黄色い声が耳を劈く。
「はいはい、私たちはまだ回るところがあるから、また今度ね」
「そっかー、じゃあ編入したらまたね!」
「私たちもそろそろ部活に戻るよ」
朔夜が顔をしかめたのを察知したのか、秋葉はすぐに話を切り上げさせた。
女子生徒たちがグラウンドの中央に走り去っていくのを横目に見ながら、
朔夜は体を校舎の方向に反転させて、ふらふらと歩き出す。
「ごめんね、朔兄、四姫。ちょっと元気がありすぎる人たちだから」
「いえ、秋聖にはいない人たちでおもしろかったです」
「俺は苦手だ」
その後、引き続き広い校舎を結構な時間をかけて回り、残すところは事務室での諸手続きのみとなった。
「あ、そうだ朔兄、理事長に会うんだよね?」
「あぁ、あの婆さんに話をしておいた方が何かといいし、俺も聞きたいことがある」
「じゃあ、行ってきなよ、こっちは私が済ませておくから」
「そうか?悪いな、じゃあ行って来る。昼飯はおごるから終わったら外で待ってろ」
了解!とうれしそうに敬礼した秋葉たちと別れ、先ほど確認しておいた理事長室へと向かう。
五分とせずにたどり着くと、朔夜は深呼吸をしてその重厚な扉をノックした。
「一条家、三十二代目当主代行、一条朔夜です」
「開いてるよ、お入りなさい」
重いドアを開けて中に入ると、そこには平均的な教室の1.5倍ほどの広さを持った空間が広がっていた。
床一面に毛足の長い高そうな絨毯がしかれ、応接用のソファや机、本棚にいたるまで、これまた高級そうな調度品が並べられている。
ただその高級感も、センスがよくバランスが取れているため、不思議と息苦しさは感じない。
その代わりに朔夜は、言われようも無い重圧感を感じていた。
「そこにお座りなさい」
ドアを開けた正面に鎮座している、オークの執務机の向こうから声がかかる。
声の主は、部屋の雰囲気に違わず品のよさそうな老齢の女性だった。
細身の金縁メガネをかけ、豊かな白髪を纏め上げ、その顔には穏やかな微笑をたたえているこの女性が、
私立修興学園中等部理事会理事長、そして魔法統制管理局設立の功労者の一人に数えられる、桔梗院円だ。
「お久しぶりです」
朔夜は勧められるまま、ソファの下座に腰をかけ、上座の円に頭をさげた。
そして、絨毯に刻まれている奇妙な紋様に気がつく、――基礎魔法の魔法陣だ。
頭を上げて部屋を見渡してみれば、絨毯以外にもいたるところに、魔法的処理が施してある。
先ほど感じた言いようの無いプレッシャーは、どうやらここから来るものだったらしい。
「本当に久しぶりね、あなたが局入りした時以来かしら」
「もうそんなになりますか」
円がお茶を淹れると言い、朔夜はそれを辞退しようとしたが、
客人はおとなしく座っていろといわれてしまったので、朔夜はしぶしぶと腰を落ち着けた。
「そういえば今日は本部の方で緊急会議があったはずだけれど、あなたはどうしたの?」
「担当している任務があれば欠席は可能とのことでしたので、詩織、煉瀬の当主に代理を頼みました」
「当主代行の代理ねぇ。ということは、あなたが今日ここに来たのは、その「担当している任務」が関係しているのね?」
「えぇ、今度ここに編入させようと思っている、古宮四姫ですが……」
「覚醒者で、一度攫われかけているから、修興の敷地の結界を強化しろ―――おおむねそんなところかしら?」
口にしようと思った言葉を奪われた朔夜はすこし呆然として、ゆっくり頷いた。
円は白磁のティーカップに、香り高い紅茶を注ぎ、朔夜の前と自分の席の前に置いて座ると、ややいたずらっぽい口調で言った。
「なんでわかったのか?そうね、じゃあ少し長い話をしましょう。今、魔法統制管理局が直面している問題について」
そうして、円は唇を湿らす程度にお茶を飲むと、今まで浮かべていた微笑を一転させ、真剣な眼差しを朔夜にむけ口火を切った。
to be continued.....
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HN:
上城 遊馬
性別:
男性
自己紹介:
前のハンドルは宇宙飛行士な名前だったり。
三流国立大学の隅っこで映像制作をする不良大学生です。
アウトドア派でクリエイター気取り。
ぬるぬると文章を書き連ねておりますのオタク。
東方大好き、MGS大好き、特撮大好き、アニメ大好き、小説大好き、料理大好き、キャンプ大好きな人間です。
もうちょっとしたらPixivの小説投稿を本格的に始めようかな……
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