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多くの妄想と少しの現実で構成されるブログ
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Thut-The thing which unifies time and wisdom-

第十二話「魔女と先達」








「“Code Sacrifice”?」

土御門の口から飛び出した、聞きなれない単語に詩織は首を傾げる。
“Code Sacrifice”、直訳するならば生贄作戦、いや、生贄計画か。
今日び生贄などという単語は、それこそフィクションの世界でしか耳にすることができない。
それと、今日の議題である連続覚醒者誘拐事件はどうつながるというのだろう。
あたりを見回してみると、他の当主たちは、詩織にように、話が見えていない人間と、
顔に深く驚愕を刻み付けている人間の二種類にわけることができた。
傾向としては前者は年齢が比較的若く、逆に後者は定年を迎えていそうな面々が多い。

「土御門君、冗談はよしたまえ」

口調は大仰なのに、声色にはたっぷりと動揺を含ませた声を発したのは、
詩織の席の向かい(円卓なので正確には向かいで無いが)に座っている老人だった。
見覚えのある顔だが、名前は思い出せない。確か中堅どころの魔導師をたくさん輩出している家だった気がするが……
そんな、やせぎすの体をスーツで包んだ彼は、冷や汗を浮かべ、心なしか目が泳いでいるようだ。

「いえ、これがかなり信憑性の高い話なのです」

土御門は老人の動揺に一切配慮することなく言い切る。

「“Code Sacrifice”、皆さん周知の名前だとは思いますが……」
「ちょ、ちょっとまって、私知らない」

話の大前提が理解できないまま事が進みそうになったので、思わずストップをかける。
同様に話が見えていなかった若手たちも一様に首肯し、無言で説明を求めた。

「知らない?」
「知らない知らない、さっきからまったく話が見えてない」

土御門が心底意外そうな顔をする。
というか若いあんたが何で知っているんだ目で訴えると、

「……まぁ戦時中からの話になるから知らなくても当たり前か」

一人で勝手に納得してしまった。

「では、どうやら“Code Sacrifice”に関しての予備知識が足りない方が多いようなので、その説明から」

その言葉に、先ほどの老人が身を硬くする。
どうやら“Code Sacrifice”という単語は相当ヤバいものらしく、他の老齢の当主たちの反応も似たようなものだ。
しかし老いたとはいえ、それぞれがそれぞれに死地を潜り抜けてきた歴戦の魔導師たちである。
そんな彼らがここまでの過剰反応を示すとなると、もはや若輩の詩織にはそれがなんなのか想像すらできない。

「今からだいたい80年前の、1941年12月8日、大日本帝国海軍は、アメリカのハワイオアフ島真珠湾に向けて奇襲作戦を展開した。
これがいわゆる、表の日本近代史の教科書にも載っている“真珠湾攻撃”です」

土御門は器用に片手で資料をめくりながらもう片手で、背後にあるスクリーンのコンソールを操作しながらしゃべる。

「太平洋戦争の開戦の口火でもあるこの攻撃、これの成功にはいくつかの要因があるとされていますが、
実際のところの成功理由は、これこそ皆さんご存知の、ある一人の魔導師の存在があったからだといえます」

ここで一旦土御門は手の動きを止め、室内全体を一瞥すると、一息に、

「七神八重、通称「魔女」。邪を祓い、妖魔を滅する魔導師でありながら帝国軍に率先して協力し、内にも外にも大量の犠牲者を出したA級戦犯」

七神八重、その名を聞いた詩織は、再び意外な単語が出てきたことに片眉を吊り上げる。
彼女の名前を知らない魔導師はほとんどいない、知らなかったらそいつは相当な⑨か、モグリだ。
おそらく世界的に見ても、彼女ほどの非人道的行いをした魔道師はいないだろう。
土御門のいうように、彼女は大戦中の日本において数少ない、「協力派」の魔導師であり、
過去数百年単位で見ても、彼女を以上の資質を持った魔導師はいないといわれるほど、強大な力を有していたという。
戦地に赴いての大量虐殺は当たり前、無辜の民を拷問にかけ、魔法の実験台にし、親族にすら手をかけた快楽殺人者、
その行動、言動、思想には際限がなく、協力を申し入れた軍部でさえ最終的には彼女を持て余していたらしい。
しかし………

「幸い彼女は、当時の煉瀬当主を代表とした軍部反対派にミッドウェーで討滅され、
その後大戦は終結、魔法統制管理局が創設され今日に至る、というのが皆さんの共通認識であると思います」

そう、七神八重はもう既に死んでいるのだ。
曽祖父を含む局の創設メンバーが決死の作戦に踏み切り、多大な犠牲を払いながらも討滅したという話は、
小さいころから一族全員が殺されるまで何度も聞かされてきたからよく知っている。

「そして終戦からおよそ四十年後、とある計画がこちらの世界で明るみに出ました」

ここで一度土御門は一拍おいて、

「“Code Sacrifice”、内容を端的にまとめるならば、『魔女、七神八重を復活させる』という計画です」

とんでもないことを言い放った。

「通常死んだ人間を生き返らせることは不可能です。
我々の魔法をもってしても、せいぜい怪我の治療に使える程度の治癒魔法のみ。
蘇生魔法は、完全に廃れておりそれはもうオカルトの領分になってしまう、ですからこの計画は現実的ではないと思われていました。
局も発足してある程度時間が経ち、規模が加速度的に大きくなっていく時期だったので、この計画に関する報告は軽視していたようです。
しかし、四十年前この計画を実行しようとした魔導師たちは本気で魔女を復活させるつもりだったらしく、
最終的にはまがりなりにも魔女を復活させた、『らしい』です。
『らしい』、というのは、この事件に関しての詳しい記録が局のデータベースにも、うちの書庫にも、
三度魔女の復活を阻止するため、という理由で残っておらず、この事件解決にあたった人間にも、
一切の言外ができないようにセイフティがかけられているため、その復活の方法、
犠牲者の数、展開された討滅作戦の詳細などの一切が闇に葬られてしまったからです。
唯一、煉瀬の大老がすべてを記憶していたようですが、既に故人ですので聞きだすすべもなく、
局の魔法史と、当事者らのセイフティをギリギリまで掻い潜った結果、ここまで調べ上げました」

一気にしゃべり終えた土御門の言葉を脳内で整理する。
そんな計画が過去にあったというのはまったく知らなかった。
一応戦後からの魔法史が人並みに勉強したつもりだったが……今度朔夜に知ってたか聞いてみよう。
しかし魔女の復活とは、あまりにスケールが大きすぎて意味がわからない。
そもそも魔女に関してだって、知識の上でしか知らないのだ。
ただ、向かいの老当主、つまり事件当時現役だった人間のあの怯えようから察するに、
セイフティ(いわば魔法で脳を「加工」するという意味だが)がかけられてもなお震えがでるような存在であったということは確かだろう。
曽祖父がすべての情報を握っていたという話も初耳だったが、詩織にとっては曽祖父の記憶はうろ覚えでしかない。
余談だが、現在ではよほどのことが無いかぎり「加工」のような、脳に直接介入する術式の使用は禁じられている。
そもそもこの術式は、大戦中の一般兵に対して、魔法技術の漏洩を防ぐために考案されたものなのだ。

「さて、ここからが今回の事件とこの“Code Sacrifice”がつながる話になります」

土御門が手元のコンソールをいじると、照明が落とされ、窓は遮光カーテンでさえぎられた。
次に、手元のディスプレイと、壁のスクリーンに画像が表示される。
画面に映ったのは写真、それも自分と大して歳が変わらなそうな少女のものだった。

「先に事件の概要から説明します。
一週間前、彼女が覚醒したとの報告を受けた当局は、調査のために数名の局員を現地へ派遣しました。
通常ならばこれは事務方の仕事ですが、この時点で覚醒者連続誘拐の報告がなされていたため、
大事に備え実働部隊を派遣、保護のため局が用意した施設に護送するという手順をとることに」

画面の写真がスライドで入れ替わり、局の実働部隊の制服である白いコートを来た男たちが数人出てきた。

「実働部隊として派遣されたのはこの五名、いづれも実戦経験のある中堅レベルの魔導師で、特に問題もなく保護できると当局は踏んでいました。が、」

再び写真が入れ替わる、そこに映っていたのは………

「……………!?」
「保護作戦を展開した同日未明、何者かによる奇襲を受け、五名全員が殺害、覚醒者は行方不明という事態が発生しました」

死体だった。一瞬で部屋の空気が凍りつく。
それもほとんどが原型を留めていない、肉片といっても差し支えがないほどの無残な姿だ。
一人は四肢を切り飛ばされ、内臓が引きずりだされている。
また一人は全身の皮膚が綺麗に剥かれ、黄色い皮下脂肪と、網目のように走る血管と、プルプルしたピンク色の筋肉が露出してる。
他二名も同様に、身元特定が困難なほどに頭蓋が破砕されていたり、関節ごとに丁寧に輪切りにされていたりと、正直なところ、
仕事でたくさんの死体を見てきた詩織でさえも目を背けたくなる代物だった。
唯一、一人だけが正確に心臓を一突きされただけで、その惨たらしい写真の中では逆に浮いていた。

「証拠品はほとんど残っておらず、残留魔力も綺麗に消してあったので、犯人の人数、性別、所属などは一切不明ですが、
目的を知る手がかりが一つだけ残されていました。」

画面から死体の写真が消え、今度は血で真っ赤に染まった携帯が表示される。

「どうやらこの携帯の持ち主であった局員は犯人と最後まで交戦していたらしく、犯人との会話を携帯の録音機能を使用して残そうとしたようです。
しかし見てのとおり血液が携帯の内部に侵入したため、データは破損、その上でなんとかサルベージして聞き取れるぎりぎりのレベルまで修正を施したものがこちらです」

土御門がCDを掲げて、ドライブにセットする。
すると画面にメディアプレイヤーが立ち上がり、ヘッドホンの着用を促した。
言われるがままに手元にあるヘッドホンをつけ、再生ボタンを押す。

『ひっ、ひ、ひ、あぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁ!!!』

いきなりの悲鳴、これは断末魔の叫びだろうか。
その後三十秒ほど音声が途切れ、サーという砂嵐状のノイズが続く

『―――――教え、―――、‐―――――目-――――――――』

途切れ途切れに、甘ったるいねっとりした、しかしどこか神経を逆なでして怖気が走るような、とても嫌な声が聞こえてくる。

『私――――的、“Code Sacrifice”度―――――う。---――――に、む、め……存欠――――。』

ここで音声は完全に途切れた。








――――――

「………………」

円に渡されたウォークマンから聞こえてきた声に朔夜は硬直する。
最初に聞こえてきた断末魔に聞き覚えがあったからだ。
音質は最悪でバリバリだし、もはや声ともいえぬような叫びだが、間違いない。
この声の持ち主は以前組んで仕事をしたことのある人だ。
朔夜が局に入って間もないころ、魔導師が十名ほど投入される作戦があり、
その時にツーマンセルで組んだ相手。
詩織以外とコンビを組むのは初めてで、しかもこの規模の演習に参加するのも初めて、
そして、初めて殺害許可の出た初めてづくしの作戦の時だ。
局でも一握りしかいない文系魔導師である朔夜に、的確なサポートをし、
窮地を救い、初めて人を殺した苦しみを和らげてくれようとしてくれた魔導師。
魔導師としての実力も申し分なく、その作戦のあとも付き合いだ続いた、
師と仰ぐ両親と詩織とは違う、まさしく「先輩」と呼ぶにふさわしい人だった。
確か酒を教えてくれたのも彼では無かっただろうか?

「………………」

せめてもの供養にと、目を閉じて黙祷をささげる。

「………知り合いだったのかしら?」

一分ほどの黙祷の後に目を開けた朔夜に円が言う。
朔夜はそれにすぐには答えず、冷めてしまった紅茶を飲み干し、深くため息をついてから言った。

「えぇ、一週間も前に亡くなっていたなんて知りませんでした。通夜にも葬式にも出ないなんて恩知らずな真似をしてしまうとは」
「そう、酷なものを聞かせてしまったわね。大丈夫かしら?」
「少々めまいがしますが、なんとか」

黙祷である程度気持ちを落ち着けたとはいえ、冷たい汗が吹き出た体は冷え切ってしまっており、呼吸も浅くなっている。
大丈夫とはいったものの、見るからに憔悴している朔夜を見かねて、円は新しいお茶を淹れる。

「“Code Sacrifice”、ずいぶん前に文献で読んだきりですが……」
「その歳で“Code Sacrifice”についてある程度知識があるだけ驚くべきところなのだけれどね。
あいにく私も「加工」を施されているから誰にもしゃべることはできないのだけど、
もしこの犯人の言ってることが本気なのだとしたら、魔法統制管理局にとっては未曾有の事件になるわね」
「魔女の復活、想像もつきませんが………あ、ありがとうございます」

円が淹れたお茶はカモミールティーだった、その芳香と温かみに冷え切った心身が温度を取り戻していく。

「七神八重、確かに彼女は最強の名にふさわしい魔導師だったわ。
局が発足してから、今に至るまで「最弱」である私なんかではまさに「瞬」殺されてしまうくらいに。
創設メンバーの中でも最も強かった煉瀬の大老でも、単身では勝てなかったでしょうね」
「そんな人間が復活してしまったら、いったいどうなるんでしょう?」
「さぁ、少なくとも魔法世界の安寧が保たれるということはないでしょうね。
今現在彼女に対抗できる人間は存在しないし、あなたのご両親や煉瀬のお嬢さん、土御門の当主、その他の実力者が束になっても勝てるかどうか。
はっきりしているのは、なんとしても我々魔法統制管理局は、おそらくこの事件に関係している覚醒者の誘拐をこれ以上起こさせないようにし、
最悪の事態になる前にこの事件を解決に導かなければならないということよ」

そう言った円の瞳には、局を創始した人間としての確固たる意思の灯が宿っていた。

その後は四姫の転入に関する話や、軽い雑談をした。
ふと時計を見ると、昼を二時間ほど過ぎてしまってることに気がつく。
ショック状態からも回復したし、なにより四姫と秋葉を待たせてしまっていることを思い出した朔夜は、
事件の情報提供とお茶の礼を丁寧にすると、理事長室を後にした。




―――――

“外で待ってろ”といっておいたので、校門に向かってみたが二人の姿は見当たらなかった。
手続きに手間取っているのかと思い事務室に言ってみたが、そこにもいない。
不思議に思ってそこにいた事務員に尋ねてみたところ、ずいぶん前に手続きは終わったとのこと。
電源を切っておいた携帯を起動して、メールの問い合わせをしてみるが、冬馬から

『入稿間に合ったwwwwwww褒めて褒めてwwwwwwwww』

という意味のわからないメールがあっただけで、秋葉からの連絡は無い。
冬馬によかったなとおざなりな返信をしてから、秋葉の携帯に電話をかけてみるが向こうも電源を切っているようだ。
仕方が無いので、目を閉じて軽く校内をカバーできる範囲で四姫の魔力反応を探ってみる。
するとすぐに、グラウンドの方角に橙色の反応がヒットした。
あまり待たせるものだからグラウンドで遊んででもいるだろうか?

「……まぁ、小学生じゃあるまいしそれはねぇな」

つぶやいて、両足に魔力をとおす。
校門からグラウンドは校舎をはさんでかなりの距離離れているので、真面目に歩くのが面倒になったからだ。
誰も見ていないことを確認して、軽く地面を蹴り、昇降口までの三十メートルほどの距離を一瞬で縮める。
昇降口を抜け、中庭を突っ切り、長い廊下を三歩で走りぬけ、屋内プールを視界の端に収めつつ一分足らずでグラウンドに到着した。
慣性を殺しながら、グラウンドを見渡して二人の姿を探す、とそこには、

「よし来い!バックスクリーンに叩き込んでやる!!」

威勢良くバッターボックスに立つ秋葉と、

「………………」

二週間近く付き合ってきたなかで、初めて見せる真剣な表情をした四姫がマウンドに立っていた。
ベンチには秋葉を応援するどうみても正規の女子ソフトボール部員がおり、
守備側も、四姫以外は全員修興の文字が縫い取られたユニフォームを着ている。

「……はい?」

あまりの予想外な光景に、慣性を殺しきれずにずっこけてしまう。
ずでん、という盛大な音と、キンという甲高い打球音が重なった。

「あっれー?朔兄そんなところで何転がってんの?」

ファーストに向かって走ってきた秋葉が朔夜の顔を覗き込む、打球はレフトフライになったらしい。

「いや、理事長との話が終わったから帰ろうと思って校門に行ったらお前らがいないからここまで探しにきたんじゃないか」

ここは某反核搭載二足歩行戦車財団に所属しているエージェントのように「待たせたな!」とか言いたいところだが、
引っくり返っているのではまったくさまにならない。起き上がって、パンパンと服についた砂埃を払いながら答える。
すると、次の打者も凡退させた四姫もこちらにやってきた。
結構な球数を放ったのか、顔は上気してうっすらと汗をかいている。

「や、ごめんごめん。手続きが意外と早く終わってさ、三十分くらい校門で待ってたらつかまっちゃって」
「で、なんで四姫まで参加してるんだ」

一応、四姫の安全を預かる身としてはしょうもないことで怪我をさせるわけにはいかないのだが。

「驚くなかれ、なんと四姫は秋聖のソフトボール部のエースなのだ!!」
「………マジで?」

驚いて四姫の方に向くと、躊躇いがちに頷いた。
そういえば転ぶ寸前に見た四姫の投球はかなりさまになっていた気がする。
というかお嬢様学校にも球技系の運動部とかあるんですね、知りませんでした。

「うん、正式に入学したら是非とも我が部に!!」
「うわっ!」

背後からいきなり大声が上がったので、思わず間抜けな声をあげてしまう。
振り返るとそこには、さっきファーストについていた女子生徒がいた、この部の部長だろうか?
どうやらさっきの凡退でラストバッターだったらしく、他の面々は片付けを始めている。

(入学したら、つっても期間限定なんだがな……)

男一人を放ってしゃべり始めた乙女三人を眺めつつ朔夜は思う。
いつになるかはわからないが、この事件が解決すれば四姫はもとの生活に戻っていくのだ、
ここで下手に思い出をつくると辛いのは目に見えているのだが……
まぁ、そのあたりは四姫本人が判断することだし、事前に知り合っている人間が多いほうが、編入したときは楽かもしれない。

「さて、二人とも、そろそろ行くぞ、俺の腹が限界だ」
「OK、じゃ着替えてくるから待ってて。四姫行くよ!」

更衣室の方に二人は駆け出していく。若い連中は疲れを知らないらしい。
しかし、言葉にしてみると、確かにかなり腹が減っている。
気を緩めれば盛大に腹の虫がなきかねない。昼を二時間も過ぎていれば当たり前か。
というか昼も食わずにあいつらは運動してたのか、驚愕だ。

「となればあの二人もかなり空腹なはずだが……さて、何を食べに行こう?」

近くの飲食店で、量と質を兼ねていてお財布にも優しい店を脳内検索していると、ふいに胸ポケットが振動した。
そこにしまっておいた携帯を取り出して背面ディスプレイで着信番号を確認すると、詩織からだった。

「なんじゃ」
『なんじゃ、じゃないよ!昼ごろからかけても全然出ないじゃん』
「桔梗院の婆さんに話を聞いていてな、切りっ放しだった、すまん」
『話っていうと、やっぱり?』
「あぁ、“Code Sacrifice”とやらの話だ」
『……どうしたの?ずいぶん憔悴してるみたいだけど』

電話ごしの声だけで気分が沈んでいるのを見抜かれた。
秋葉や四姫の前では取り繕えても、やはり師匠にはお見通しのようだ。

「……そっちで一週間前の覚醒者誘拐事件の資料は見たか?」
『うん、五名の局員が惨殺された………って、まさか!?』
「そのまさかだ。例の音声を記録した携帯の持ち主は、俺の先輩魔導師だったよ」

声に出してみると、嫌にその人の死が軽く聞こえた。
職業柄、知り合いが死ぬことは珍しいことではないし、自分だって殺らなきゃ殺られる、
というときには、躊躇することなく殺しに行くのだ。
故に、人の死というものには、耐性がついているとは思ったのだが……

『うそ、全然気がつかなかった……』
「詩織はあの人とは付き合いがあまりなかったから無理はないさ」
『大丈夫?ちゃんと泣いた?』
「…………いや、まだだよ」

詩織の言葉に、目尻が決壊しかける。
泣く、という行為は、死者を弔う行為だ。
人は「鳴く」ことができ、「泣く」ことができ、「哭く」ことができる。
それぞれがそれぞれに、魔術的な意味をもち、死者を思って「泣く」のは、涙で死者の魂を清める行為と意味づけられている。
つまり「泣く」とは死者を死者として認知するということ。
だから、「泣いて」しまうと、生者と死者の間とのリンクが切れてしまうのだ。

「まだ泣かない、仇討ちも済んでないしな」
『そう……私はどうも戻るのが遅くなりそうだけど、本当に大丈夫?』
「おいおい、少しは弟子を信用しろって」
『そういう虚勢が余計心配になるんだけど……』
「大丈夫だって、力が制御できなくなるほど取り乱しちゃいない」
『ならいいんだけど。おっと、もう時間だ』
「あぁ、こっちも二人が帰ってきた」

グラウンドの端の更衣室から、着替えた二人がこちらに向かってくる。

『お夕飯は何か適当に作りおきしておいてくれればいいから』
「了解。んじゃ、引き続きそっちは頼む」
『OK、じゃあね』

電話を切って、ポケットにつっこむと同時に、走り寄ってきた秋葉が、

「お腹すいた!!」

と、無邪気に言う。
詩織との電話でまた気分が湿っぽくなっていたのを、幾分かぬぐってくれる声だった。

(こいつのこういう声は天性かもしれないな……)

そう思いながら、妹分にそんなことを言うのも癪だし、
こちらの話で余計な心配をさせる必要もないので、再び仮面を付け直す。

「わかったわかった、四姫、何が食べたい?」
「え~っと……」
「え、私に選択権はないの?」

そうして丁々発止の会話を繰り広げながら、朔夜たちは郊外へと歩き始めた。









to be continued.....


















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HN:
上城 遊馬
性別:
男性
自己紹介:
前のハンドルは宇宙飛行士な名前だったり。
三流国立大学の隅っこで映像制作をする不良大学生です。
アウトドア派でクリエイター気取り。
ぬるぬると文章を書き連ねておりますのオタク。
東方大好き、MGS大好き、特撮大好き、アニメ大好き、小説大好き、料理大好き、キャンプ大好きな人間です。

もうちょっとしたらPixivの小説投稿を本格的に始めようかな……
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